合浦珠還



アンジェリカは猿轡をはめられ、目隠しをされている。

長くて美しかったストロベリーブロンドの髪は乱暴に短く切られ、顔中に痣があるが、四肢は無事だった。

小屋に監禁されていた女より遥かに増しな状態に、ギルバートは一先ず胸を撫で下ろす。



「髪の毛だけでも相当いい値段が付いたぜ!さあ、50万からだ!!」

山賊が頭上に金額を示す指を掲げると堰を切った様に、熱い緊迫感が迸(ホトバシ)った。

「65万!」

「70万!」



熱気と喧騒を一瞬にして切り裂いたのは、扉を蹴り開けたリュユージュだった。



血塗れの右腕。

抜き身の刀剣。

そして何より、

尋常では無い、焦点の合わない翡翠色の双眼。



「何だあ?競売の邪魔をするとは、いい度胸だな。」

山賊ともなれば流血や刀剣には見慣れているのか、軽薄に笑いながら彼に近付く。

リュユージュは異常な程に殺気を放ち、無言でその首を一瞬で刎ねた。

ギルバートを含め、その場に居合わせた誰もが一体何が起こったのかと、唖然とした。

「てっ…てめえ!!」

「何しやがる!!」

山賊達は威勢の良い言葉とは裏腹に、青褪めた顔で後退りをする。

「ひいい…っ!!」

「た、助けてくれえ!!」

競りに参加していた商人達は我先にと逃げ出そうとしたが、地下室の為、出口は一ヵ所しかない。

階段付近には立ち塞がる様に正面を見据えるリュユージュと、勢い良く流れ出る血液により律動する首無しの死体があった。

更には、目を開けたままの頭部が床から室内を見渡していた。



リュユージュはそのまま言葉一つ発する事なく、手近な者から順番に斬り殺して行った。

必死の抵抗も涙の命乞いも、全てが彼の剣の露と消えた。

狂乱と混迷の中、ギルバートはアンジェリカの腕を引いた。そして彼女に覆い被さって庇う様に自分の体を盾にすると、部屋の片隅で踞り丸くなる。

ギルバートの背中には生温い返り血が大量に飛び散り、耳には断末魔が絶え間なく響いていた。

彼はアンジェリカのストロベリーブロンドに顔を押し付け、恐怖から少しでも逃れようと鼻先を埋めた。彼女を抱え込むその手は、がたがたと震えていた。






やがて訪れた不気味な静寂と共に、ギルバートは不意に肩を強く掴まれた。

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