無邪気な小指

3人でかくれんぼをしていた。
オニの銀時は、俺を見つけてからもう随分と高杉の隠れ場所に苦戦している。
「たーかーすーぎー」
銀時は拾った木の枝を振り振り歩く。いいもん見っけ、と滅多に見せない無垢な笑顔を零していたが、一体それのどの辺が“いいもん”なのか俺には微塵も理解できない。
「ねえ、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ」
「日が暮れちゃうよ」
銀時が足元の石ころをひっくり返す。
「それはこっちのセリフだ馬鹿者。そんなところに人間が隠れられるか」
「時には身の丈を知るってのも大切だって前に高杉が言ってたんだ」
今度は道端の木の皮をめくっている。
「身の“程”だ」
「ほどぉ?」
真意を測りかねる眠そうな顔で復唱された。
銀時の言うとおり、空はもう橙に染まっている。そこいらじゅう探して回っているが高杉は見つからない。
「もう家に帰っているのかも」
鴉が四羽、鳴きながら飛び去っていく。銀時は答えずに、ただそれを目で追った。鼻の頭が赤くなっている。
「俺たちも帰ろうか」
「だめ」
きっぱりと言われた。
「それは、だめ。一度した約束は守らなきゃいけないんだよ。先生が言ってた」
ぷいと前に向き直り、下手な鼻唄を歌いながら銀時が歩き出す。ふざけてんだか真剣なんだか。思わず溜息が漏れた。


「高杉、みっけ」
「おう」
高杉は、塾の裏山の際にある茂みを掻き分けたところにうずくまるようにして息を潜めていた。
銀時が、高杉の頭にのった落ち葉を摘んで地に落とす。
「銀時の鼻、まっかっかだな」
高杉が得意げに笑って銀時の鼻を摘んだ。
「よせったら」
「参ったか。おれさまの隠れみの、」
ふと言葉が途切れる。なんだ?と顔を上げて、銀時の瞳からぽろりと落ちたものに、俺はギョッと目を剥いた。
「お、おい」
銀時がハッと俯く。
「なに、泣いてんだよ?」
「…ないてない」
「具合でも、悪いのか?」
ふるふると首を振る銀時の目から透明な雫が幾つも幾つも散っていく。
「馬鹿。お前が銀時をからかうからだ」
高杉の頭を叩く。反論できずに高杉は口を尖らせた。しぶしぶ銀時の背に手を伸ばすも肝心の謝罪の言葉がなかなか出てこない。ついには眉を八の字にして唸っている。
「この意地っ張り」
「うっせ」
よわった。なによりも、たったの今まで、俺達は銀時が泣くところなんて見たことがなかった。
「なぁ銀時。高杉だって悪気があったわけじゃないんだ。腹立つだろうが、いい加減泣きやんでやれ」
「ヅラ、てめぇな」
「…ちがう」
「え?」
「ちがう」
「だから何、」
「いなく、なっちゃったと、思って」
「…は?」
「もう一生 高杉に会えないのかもって思って、おれ、俺、」
「はあ?そんな…馬鹿かオメェ。かくれんぼなんだからよ」
銀時は必死で目を擦る。それでも涙は次から次へと零れ落ちて、しまいには、あ、あ、と嗚咽まで漏らしている。高杉は呆れたように溜め息をついた。
「馬鹿。そんなことで泣くなったら」
それでも背を撫でることは止めないでいた高杉は、ついには噎せ出した銀時の肩を抱いた。
銀時の刀がかちゃりと音をたてる。
「…銀時、」
俺より先に、高杉は口を開いた。何かを悟ったような声だった。思わず口をつぐむ。
「俺たちはずっと一緒だ」
銀時の腕が高杉の背中に回る。白い手にじんわりと力が籠められる。
「…ほんとう?」
「ああ。俺もヅラも、何処にもいかねー。だから、もう泣くな」
「うん、わかった。…そのかわり、約束だからな」
「おう、約束だ」
そう言って、3人で小指を繋げた。

____________________________



俺たちは今まで、懐かしいこの場所を、無意識に避けて来たように思う。それを何故今になって訪れる気になったのか、俺にも、きっと誰にもわからなかった。
ただ、きっかけが銀時だった。高校の卒業旅行の相談をしている時に、真っ先に意見を出したのが銀時で、そしてそれが、この場所だった。

そう、俺たちは今、萩に来ている。
そして、目の前には松下村塾がある。

唯一前世の記憶を持たないはずの銀時の突然の発案に、俺たちは内心で慄いていた。銀時はもしかしたら記憶を持っているのでは、と。
実際はいつもの気まぐれにすぎなかった訳だが、心のどこかで運命のような物を感じていたのかもしれない。

「なんだか不思議だよな」
「え?」
「だって、何百年も昔の見ず知らずの人間が確かに見ていた景色に、俺たちは今触れてんだ。それって、なんつーか、すげーよ」
「…そうだな」
理不尽だとわかりながらも、こういう話を銀時の口から聞く度に俺は裏切られた心地がして、どうしようもなく苛々してしまう。どうしてお前だけなんだ、どうしてお前なんだ、と。
高校生の頃に一度銀時と大きな喧嘩をしたこともあった。発端は高杉だった。
「何も知らねえくせに!」
そう怒鳴った高杉の痛く跳ね上がった声が未だに耳の裏にこびりついている。溜まりにたまった苛立ちや悲しみが一気に爆発した瞬間だった。前世では俺たちと袂を別っていた高杉は一等その記憶に苦しんでいたから、余計にそうなってしまったのだと思う。訳がわからずに、目線で助けを求めてきた銀時の視線を俺はどうすることもできずに、それから暫く冷戦状態が続いたのは記憶に新しい。
「すっげー」
「何?」
「ほら、この木。超立派」
銀時の指先を辿る。眩しい木漏れ日が目を射った。
「本当だな」
「樹齢何年なんだろ」
幹は、2人の大人が腕をいっぱいに広げても足りない程だ。庭の片隅に一本だけ生えたその木の葉の緑は瑞々しく、力が漲っている。
「なあ、こういう木の上にさ、ツリーハウス造って3人だけの秘密基地にしてえな!」
楽しそうに語尾を弾ませて笑いかけてくる銀時の表情は無邪気そのものだ。3人だけという言葉に、こそばゆい心地がする。そう、今の銀時は、昔のように極端に臆病な面を持ち合わせてはいないのだ。
前世では、俺たちは誰も銀時の死顔を見ていない。銀時はある時突然に姿を消したのだ。万事屋の子供らにも大家にも一言も告げなかったのだという。また何を一人で抱え込んだのか、何を想ってどんな顔で最期を迎えたのか、今となっては誰も知り得ないことだ。それが残された者にとって、どれだけ、どれだけ辛いことなのか、銀時は知り過ぎる程に知っていた筈だ。それでいて、そうせざるを得ない程の孤独を、銀時は最後まで背負っていた。
だから、こうしたふとした瞬間に、銀時に前世の記憶が無いことに感謝するときもまた、あるのだ。
俺と高杉は常に矛盾を抱えていた。
「ああ、確かにいい木だな」
「うん」
銀時が手近な小枝を摘まんで目を細めた。日光を受けて発光して見える枝が、ふわふわと揺れる。同時に、俺の心の奥深くが何かに共鳴するように震撼した。


「なあ、こないだ俺が持って帰った枝あんだろ?」
「え?…ああ、かくれんぼの」
「そうそれ」
「で?」
「あれをさ、今度先生が庭に、なんだっけ、さき…さし、」
「挿し木?」
「あーそれ」
「へぇ、楽しそうだな」
「で、お前らも一緒にやんないかって、先生が言ってるんだけど」
「まじでか、行く行く!な、高杉?」
「ん?ああ、そうだな、先生が言ってるなら」
いつの頃の会話だったろうか。そう考えて、すぐに思い当たった。
銀時の涙を初めて目にした、あの時だ、と。

再び大樹を見上げると、目頭がじわりと熱くなった。
先生に教えてもらいながら、3人で土まみれになって枝を植えたあの懐かしき日の思い出がじわりと心に染み入ってくる。
「忘れねぇよ」
声を上げたのは、高杉だった。
「は?」
「花言葉だ。この木の」
「んな口の悪い花言葉があるかよ」
銀時が高杉を笑う。
「じゃあさ、この木、なんてゆう木?」
「さあ、知らね」
「ぶ、適当か」
何故かドヤ顔で言ってのける高杉の頭を銀時は丸めた観光パンフで叩いてつっこんだ。
笑いを堪えるのに失敗した高杉が目配せしてきた。つられて笑いが込み上げる。
「ほらほら仲が良いのも結構ですけど早くしないと日が暮れちゃいますよ。旅館の夕食に間に合うように帰らないと」
「あ、そうだ先生、ここで写真撮ろうぜ。俺らが一緒にいたって証に!」
「いいですね」
銀時の最後の言葉に、先生が一瞬息を呑んだのがわかった。そして俺も、きっと高杉も。

やはり、運命だったのかもしれない、なんて何処ぞの夢みる乙女みたいなことを本気で思った。
だって、きっと銀時は何にも忘れちゃいない。心の奥底に眠る記憶が確かにあるのだ。

なんだか、心がポカポカと温かい。
どれだけ遠回りをしたか知れない。けれど確かに俺たちはあのときの忘れ物を拾うことができたのだ。
こんな幸せなことはない。柄では無いけれど、そう思わずにはいられなかった。


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