短編小説 | ナノ
それは、彼のみぞ知る
最期にみたのは、あいつらの目を見張った顔だった。
「…銀さん、」
あんたどうしてされるがまま斬られるんですか。
続きを声に出せず、僕は唇を噛んだ。隣で神楽ちゃんが顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いていた。
「…銀さんの、バカヤロー」
僕らを守るために、そんな傷負って、僕らが喜ぶと思ってんのか。
思わず涙が出て、僕は慌てた。
なんだかこれじゃあ銀さんが死んでしまうみたいだ。
なんとか袖で拭い、顔をあげると、銀さんの痛々しい顔が目に入る。
ただでさえ白い肌が、怪我のせいか青白く見えて、僕は身震いがした。
さっきの嫌な考えが再び頭を巡った。
「…新八ぃ。銀ちゃん、死んじゃうアルカ?」
ハッとして、神楽ちゃんの質問を頭の中で反芻し、彼女のタイミングの良さを呪った。
「大丈夫だよ。銀さんはこれくらいじゃ死なないよ」
言ってはみるが、自分もいつもどおりでないのがよく分かった。その証拠に神楽ちゃんの瞳から不安の色が少しも消えていない。そして何より僕の声は、努めて普段の声を出したつもりだったのに、自分でも分かるくらい動揺しまくっていたからだ。
事実、医者に今夜が峠だと言われたばかりだったから、尚更不安は増していった。
ガラリ。
音がして、振り向けば最近見なかった顔が現れた。
「桂さん! どうしてここに?」
「うむ。銀時が久々に大怪我したと聞いてな。様子を見にきた」
心配そうな顔を一つもしないで、桂さんはいつも万事屋に訪れるような様子で、銀さんの傍に寄る。
「…ごめんなさい、桂さん。銀さん、僕らを庇って……」
あまりにも変わらない態度に、僕は申し訳ない気持ちになり、思わず謝ってしまった。
「何故、新八くんが謝る必要がある? やつが君たちを護った。それだけだ」
「…だって、僕らがもう少し強ければ、銀さんはこんな怪我しないで済んだのに」
僕らの悲壮な顔に、桂さんは優しい声で、言い聞かせるように呟いた。
「あいつが新八くんやリーダーを庇ったのは、あいつ自身が望んだことであって、君たちが頼んだことではないだろう?」
「…っでも、ヅラ! 私たち、銀ちゃんに怪我させなくないネ!」
今度はいつの間にか立ち直っていた神楽ちゃんが僕の気持ちを代弁してくれた。
「ヅラじゃない桂だ。確かに護られたほうはそう思うのだろうな。
…だが、分かってはいても護りたくなってしまうのが、家族というものだろう?」
ハッとした。桂さんの言葉に、銀さんの気持ちを垣間見たようだった。
「あいつはそういう男だからな。…いや、あいつがというよりは、あの人の影響が強いかもしれんな」
「…あの人? 誰ですか?」
不思議だ。あの我が儘放題好き勝手自分勝手に生きてるような銀さんが、強く影響された人。
一体どんな人なんだろう。
僕らの期待の眼差しに、桂さんは困ったように笑った。
あ、はぐらかされる。ふいに僕は思った。
何故なら、銀さんがたまにするこれ以上踏み込んでほしくない時にする表情と、桂さんのそれがよく似ていたからだ。
神楽ちゃんも僕と同じ考えに辿りついたらしく、顔を伏せた。
桂さんの方も、僕らの考えを分かっているようだった。
「…全く、君たちは妙に勘が冴えているな」
そう言った桂さんは僕らを見据えて、いや僕らに僕らでない何かを重ねていた。
「…やはり、似てくるものだな」
誰が誰に似てきたのか。やはり電波な人だな。僕らがキョトンとしていると、桂さんは笑みを浮かべ、言った。
「…奴は今も、あの人を追い続けているのだな。無意識の内に」
「それがどうかしたんですか? 話繋がってないですよ?」
「あいつはおそらくあの人になりたいのだろう。あの人のように誰かを護って、あの人のように…」
唐突に言葉を切った桂さんは、何とも表現し難い顔をしていた。
「…ヅ…ラ…?」
不意に声が聞こえた。僕らが聞きたくて聞きたくてたまらなかった声だ。
「ぎ、銀さん!」
「銀ちゃん!」
焦ったような声に、銀さんは目線をさ迷わせ、ようやく僕らを認めると、安心したような顔をした。
「…て、めぇら…怪我、して…ねぇ、だろうな…?」
「してませんよ! 銀さんの方こそ、そんな大怪我して…」
「銀ちゃぁぁん! 心配ばっかりかけさせんじゃネーヨ!」
神楽ちゃんが勢い余って銀さんに飛びついた。
僕の目からも涙が止まらなかった。
「銀さんのバカヤロー! 今度あんな無茶したら許さないからな!」
神楽ちゃんに力の限り抱き着かれて、苦しそうにしてる銀さんを尻目に僕も力の限り抱きしめた。
「…ぐぇ…く、苦しいって、離せよおめーら」
「散々心配かけたんだ。それくらい受け止めてやれ」
僕らの行動を見守っていた桂さんはなおも微笑みを絶やさずに、銀さんに言った。
「…てめぇ、他人事だと、思いやがってェ、覚えてろ!」
「その子たちは貴様の望みには付き合えんそうだ。精々大事にされておけ」
「何、いきなり? しばらく、見ねぇうちに…電波に、磨きかかってんじゃね?」
僕らも分からない桂さんの話は銀さんにも分からないらしく、その様子に桂さんは更に笑みを深くした。
「…お前はあの人のようにはならない、だから安心しろ」
その言葉に、銀さんの瞳が揺れたのを、抱き着いていた僕らは、知らなかった。
それは、彼のみぞ知る
―――――
企画「世界でいちばんあたたかな」様提出。