無題

入学式の帰り、河原でデカい犬に襲われる自分と同じ制服の高校生。そんな光景を坂田銀八は目にし、ふっと真顔になった。そして彼の頭の中にゲームの分岐点のように二つの選択肢が現れる。見なかったことにするか、助けるか。

「って…え?」

その処遇について少し考えていた銀八は、問題の出来事に目を向け声を思わず声を上げた。頭をかぷっと犬に飲み込まれる高校生と、そしてそれなのになぜか聞こえる「アハハハハ〜」という、妙な笑い声。自分も過去に同じ犬に頭をかっぷりいかれたことはあったのだが、最近ようやく躾がなってきて人に手を出すことはなくなっていたのに、なぜまた。

「…絶対、大丈夫じゃねーよな」

放っておくと後味の悪い思いをする予感に駆られ土手を駆け下り、おーいと声を掛けた。

「ん?おお、金八?」

「は?なんでわかんだテメェ、いや間違ってけど!それじゃよそ様のパクリじゃねーか!!」

なんでわかる、という言葉に犬に噛まれた高校生が真顔になった直後、

ガブッ

嫌な音がした。

「うわアアァァァァアアアア!!!!」

悲鳴が上がり、銀八に引きずり出される高校生。ちなみに悲鳴をあげたのは銀八の方で、相手の方は相変わらずへらへらしたままだった。

「なあお前大丈夫?血出てっぞ」

銀八は心底疲れた表情をしているのに、相手は笑顔のまま。ただし頭部から血をだらだらと流している。

「これぐらい大丈夫じゃき〜」

「前言撤回だ、お前が大丈夫かどうかってかせめてその頭なんとか…松陽先生んとこ行くか」

この犬、定春の飼い主の神楽に報告半分怒り半分のメールを一報入れつつ提案、というか通達する。こんな状態で人目に触れれば、さして大きくないこの街でちょっとした事件になること間違いなしだ。

「吉田松陽…?」

「よく知ってんな。あ…お前の名前は?俺は坂田銀八。なんで知ってたのか知らねーけど、金八じゃねーから間違えんなよ」

「わしは坂本辰馬ぜよ。宜しくの〜金時」

「余計離れたんだけどお前!!?いい加減覚えろよ」

まったくこんな奴がここらではちょっとした有名人とはいえ、面識のない松陽先生のフルネームは記憶していたんだ、と銀八が呆れ返っているうちに松下村塾――目的地、松陽先生んとこに着いた。昔ながらの玄関に立つと、奥に向かって声を掛ける。

「ヅラァ」
「ヅラじゃない、桂だと何度言えばわかる銀八!…ん?そっちは?」
「定春の被害者。手当してやってくれ」
「なんと!定春くんの…俺もまたモフモフしにいっていいだろうか、リーダーに聞いておいてくれぬか」
「やだよ面倒臭ェ。だから手当してくれって」
「…ああ、そうであったな!」

律儀に済まぬ、と言いながらバタバタと奥に戻っていく桂を銀八と坂本は見送った。

「あー…あれがここの塾生の、」
「桂小太郎?」
「え、何お前、知り合い?…じゃあねーよな、ヅラ知らない感じだったし…」

訝しげに眉を寄せ、続きを言いかけた銀八は救急箱を手に戻ってきた桂に遮られた。座ってくれ、と坂本を座らせてきぱきと血を拭い包帯を巻いていく桂の手際を見守る。
さあできたぞ、と桂が得意げに言って手を離した。

「なあヅラ」
「桂だ」
「こいつと知り合いだったりする?」
「いや、知らぬが、どうした?」
「こいつがお前のこと知ってそうだったから」

桂がきょとん、とした顔で銀八を見て、次いでその視線を坂本に移す。

「その…済まぬ、名前さえさっぱりなのだが、どこかで会っただろうか?」
「いや、会っとらんきの。わしは坂本辰馬じゃ」
「俺が忘れていたわけではないのだな…?宜しく頼む。しかしなぜ、俺のことなど知っていたのだ?」
「その前に、高杉はいるか?」

銀八はどこか怪しげに、桂は驚いて目を見張り坂本を見た。

「奥で寝て…、…噂をすれば陰、というやつだな。高杉がどうした?」

ギシギシと床を踏む音が近づいてくるのを聞きながら、桂が言った。もう驚いた風はない。相変わらず適応能力高いヤツ、と銀八がぼそっと毒づく。

「詳しい話は4人揃ってからにしようかと思っての」
「4人揃って…」

思わず、銀八が呟いた。揃うとは何が、と思いながらも妙に懐かしさを覚えて、戸惑う。

「高杉、ご客人だ、その寝癖を何とかしろ」
「客人?誰だァそいつ」

咎める桂と眠たそうな高杉の声を聞きながら、改めてまじまじと坂本を見る。坂本の口元が、ふっと緩んだ。

「…また、宜しく頼むぜよ」


PageTop

member.

jepさん(sample)※銀土
愈東さん(sample)※土ミツ
式さん(sample)
橘璃都さん(sample
灰高さん(sample
ソウさん(sample)
あさと(主催)(sample)


thanks.

Color Drops crub?
攘夷派 おやすみ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -