『毬藻=未知』
ゆったりと余裕を持って俺を抱いてる筈の黎明戒斗の腕を俺は振りほどけなかった。

「真夜、お前、月ノ宮と争っただろ?」

ぺろっと舌で俺の耳を舐めながら囁いてくる、コリッと耳を奴の牙で甘噛みされて体が震えた。

「だから俺が呼ばれるんだよ」

クックッと楽しそうに奴が笑い、その唇がゆっくりと俺の首筋に降りてくるのを、日向も月ノ宮も俺自身ですら動けなかった。
妖艶な空気に飲まれそうになる。

けれど・・・

「その手を離せ」

凛とした声が場を切り裂くように響く。
チッと背後から戒斗の舌打ちの声が聞こえた。

「なんだ犬か」

武威が俺の「影」から出てきたのだ、俺たちの右隣から、黎明戒斗に厳しい視線を送っていた。
彼が本気を出せば、純血種の戒斗であろうと血を見ることになるだろう。
武威は純血種の真夜の血を飲んでいるから、ある程度は戒斗の力にも対抗できるのだ。

そしてギラギラと吸血鬼の紅い瞳で武威が戒斗を睨み、言い放った。

「真夜さまを放せ」

ニヤッと戒斗の唇が三日月型に歪む。

「余裕がねぇなぁ?なに?心配かよ?」

ギュゥッと今度は掻き抱くように抱き締められる。

「つぅっ」

顎をグイッと持ち上げられて、首筋を無防備に晒される。
その瞬間、ザワリッと食堂内が揺れた。
武威も月ノ宮ですら吸血鬼の本能の紅い瞳になっている。
自分の首筋が彼等の吸血鬼の本能を揺さぶるのは知っているがっ!
吸血鬼として無防備なこの姿は、恥ずかしい事、この上ないっ!

そして・・・ピチャッと舌がそこを舐める。

「ここに牙を立てて、血を啜ったら・・・お前等はどういう顔をすんのかなぁ?」

ゾクッと体が歓喜に震える、それを少なからず望んでいるのは俺だ。
だが戒斗の、その言葉にまたしても食堂内の空気が揺れて・・・今度は剣呑な、とろりとした闇が広がる。

だが、それを思わぬ奴が切り払った。

「オマエなっ!俺が話してたのに突然出てきて、いかがわしい事してんじゃねぇよ!!」

ガタッと席から立ち上がった、毬藻だ。
俺にはサッパリ分からんが、毬藻には毬藻なりの怒りがあるらしい。
立ち上がると思ったより身長がある、俺と同じくらいだ。
だが・・・トラブルメーカーはどこまで行ってもトラブルメーカーだった。

俺の方へ勢い良く詰め寄る毬藻が、テーブルの端に蹴っ躓いた。

「ふわぁっ」

バランスを崩して俺の方へ、ヤバイと思うのに戒斗のせいで体は動かない、そして・・・

チュッ

唇に触れる熱。
間近の毬藻の顔。

何が起こった?

周りが息を飲む、そして数瞬後に、

「キャアアアアアッ真夜様っ!!」
「まりもおぉぉぉ!!!」
「おのれえぇぇぇっ!!」
「うわあああぁっ!!」

食堂は阿鼻叫喚の嵐に包まれる。
その中で呆然として、毬藻は俺からおそるおそる離れた、俺は容量オーバーだ。

だが周りの奴等は黙っていてくれなかった。
背後から俺をギュウッと戒斗が抱き締めてきて、

「真夜・・・お前、俺を本気にしたな?」

戒斗の顔が俺の首筋に降りて、またそこをペロッと舐めた、こいつ俺の血を飲む気だ。
だが、それは武威が実力行使で、俺と戒斗の間を引き裂こうと体を割り込ませたことで失敗に終わる。

「真夜様を離せと言っているっ」

ようやっと俺は戒斗の腕から解放された。
背後では剣呑な会話が繰り返されている。

「俺に逆らうかっ」

戒斗の純血種の力ある紅の瞳が見開かれても武威は怯まない、

「逆らうにっ決まっているっ」

辛そうだが、武威なら大丈夫だろうと・・・戒斗は武威に任せることにした。

俺は月ノ宮と話に来ただけなんだ。
何故こうなった・・・
だが今日の俺は限りなく・・・不運だった。

毬藻がもじもじしてたかと思うと意を決したように俺を見詰めてこう言ったのだ。


「お前って俺のこと好きだったんだな」


毬藻の頭の中は、果てしなく俺の理解を超えていた。




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