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『コンタクト』
そして俺は生徒会長の豪奢な紅の椅子から立ち上がった。
事態を集束しなければならない。
「日向蓮のとこへ行くぞ、そこに月ノ宮もいるだろう。」
左隣りにいた武威の通り過ぎざまに声をかける。
「お供します」
玲瓏な声がして、武威の輪郭がとろっと闇に溶け、俺の「影」に入り込むのをそのままに俺は生徒会室をあとにした。
この時間帯なら食堂にいるだろう。
人間の時間帯だ。
昼の顔を被ってやろう、血に濡れた吸血鬼の本性を隠して・・・
今の時間帯、金の装飾が施された扉は開放的に開け放たれている。
そこに俺が一歩足を踏み込めば、食堂全体が揺れるほどに歓声が上がった。
「うわあああっ真夜さまっ!!!」
「カッコイイっ!!」
「ハーレム入れて下さいっ!!」
泣いている奴もいる。
だがそれも俺が純血種の吸血鬼だから仕方が無いことだ。
吸血鬼にとって純血種は絶対的存在。
意思でなく本能で膝を折る存在だから。
フッと傲然と笑い、更に足を進めていけば歓声が更に大きくなり、同時に道が開ける。
彼等も分かっているのだ、何故俺が此処に来たのか。
視線の先に、月の色と見まごう金糸の髪の王子様然とした男がいる。
奴はこちらを見ていた、俺を燃える様な目で見ていた。
奴が俺に気付いているのと同様に、俺も本当は食堂に入る前から月ノ宮を感じていた。
この人ごみの中で分かる純然たる力。
流石に伯爵家の血だ。
コツリッと靴音を響かせて、俺は奴等の前に立った。
この学園の支配者として・・・そしてふたたび傲然と微笑む。
途端に月ノ宮はその丹精な顔を歪め、隣りの黒髪瓶底眼鏡の毬藻は笑みを浮かべた。
「何の用ですか?」
凛と言い放つ月ノ宮。
分かってるだろうに・・・片眉を上げると隣で声がした。
「うわぁっ!お前カッコイイなぁ!皆、お前の為に道あけたじゃん!なにっ?偉いの?」
今、会話しようとしてたのはお前じゃない。
話の腰を折っている事にも気付いていない。
正直、五月蝿かった。
「黙れ、この毬藻、しゃべるな、光合成でもしていろ」
周囲の生徒から失笑が漏れる。
それに毬藻が息を飲み、月ノ宮の蒼色の瞳が剣呑に光った。
ザワリッ
影が、月ノ宮の影が一瞬で広がるのを、俺は抑え込む。
武威が力を貸してくれているし、何より月ノ宮より俺のが「上」だ、問題ない。
だが、その攻防を感じた生徒達が慌てて、俺たちから離れていった。
「おい、こんなとこで暴れるんじゃねぇよ」
からかう様に言えば奴の瞳が益々蒼く光る。
純血種の力を目の前にして逆らう月ノ宮にも、跪く本能にも抗ってくるのには敬意を表すがな。
すると再び、日向が声を上げた。
「おい!何だよっ意味わかんねぇこと言ってないで、話しろっ」
分かっていない?
人間というのはこんなに愚鈍なのか?と思えばまたクツリッと笑っていた。
その笑みが自分を嘲るものと、流石の毬藻も分かったのだろう・・・声を荒げる。
「おっお前感じ悪いぞ!俺が友達になってやるからっそんなに捻くれるなよっ」
だがその言葉を言った瞬間に食堂が揺れる。
純血種というのは吸血鬼達にとって『高嶺の花』だ。
近付きたいけれど、おいそれと近付けない花。
そんな真夜に友達になってやるから、捻くれるなという発言は余りに彼等の心情を煽る言葉だ。
月ノ宮ですら日向の隣りで慌てている。
俺もどう反応していいのかすら分からず、微かに眉を寄せた。
するとその瞬間、ザワリッと背筋が震えた。
「おいおい、何だこの馬鹿は・・・真夜?」
玲瓏な声で呼ばれる俺の名前。
耳元で囁かれ、腰を砕けさせるような色香を放つ男の存在を一瞬にして感じる。
とろりっとした闇を纏って、風紀委員長であり純血種たる黎明 戒斗が俺を背後から抱き締めるようにして現れたのである。
一瞬の、出来事だった・・・
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