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集会が終わり、武威にやった自身の血の香りが纏わり付いている。
この血臭は自身では何ともないのだが、他の吸血鬼にだけ陶酔をもたらすことを真夜は常々不思議な思いでいたが、流していた。
何千年も続く吸血鬼一族の本質など99代目の当主である真夜が知らなくても良いことだ。
それに真夜は髪をかき上げ、生徒会室に向かっていた。
すると、廊下であるにも関わらず風が流れた。
それに真夜は瞳を細める。
「よぉ、真夜。集会は終わりか?」
漆黒の髪に紅の瞳を輝かせた同じ純血種である黎明 戎斗が生徒会室前の壁にもたれて立っていた。
彼は昼は風紀委員長を務め、真夜との対抗勢力を形成、ハーレムも真夜と同等のものを有している。
昼も夜も、常に競いながら二人は互いを意識していた。
「あぁ・・・明日から新歓準備で中々集まれねぇからな」
だがそんな真夜の言葉も、戎斗は流して厳しい視線を真夜の手に投げた。
「血を与えたのか?」
なぜか戎斗は機嫌が悪いように見える。
「・・・あぁ武威にな」
そう云うと益々、眉を顰める。
顔の造詣が男らしく整っている戎斗がすると大分迫力が増した。
「・・・お前が血を流した瞬間、こっちまで香った・・・」
今も。
そう紡がれた言葉と同時に、壁から背を離した戎斗に手をつかまれ、ガッとその手を口の所まで持ってこられた。
「つっ」
急速な動き、人間の動きではない吸血鬼らしい強引な動き。
そして戎斗は目の前の真夜の手を、ピチャリッと舐め上げた。
「たまらねぇなぁ・・・この甘い香り・・・」
純血種だから真夜の傷はもう塞がっているが、血臭は誤魔化せない。
そのまま甘噛みしてくる戎斗にドクッと血が逆流するのが分かった。
『血を吸う一族』である黎明家は相手を篭絡する力が強い。
心ごと全て掻っ攫って血を啜る一族だからだ。
そしてその牙は得がたい快楽をもたらす。
『血を吸われる一族』である真夜が血を吸われたいと思わせるに充分、魅力的な相手ではあった。
「放せっ」
そう言って振り払えば良いのに、振り払えないのは何処かで自分も望んでいるからだろう。
この男のモノになることを。
「じゃあ俺のモノになれ・・・っ」
今度は舌で真夜の指をピチャッと戎斗は舐めた。
ツーッと指の間、爪の先を丁寧に舌で愛撫する。
だがその間も戎斗の吸血鬼の証たる真紅の瞳は爛々と輝き、真夜を捕らえて放さなかった。
その男らしい端正な顔で、食い入るように見詰められる。
それにザワリッと心が揺れるのを真夜は気付かないフリをして、手を振り払う。
「ふざけるな」
冷淡な声を出して、冷徹な視線を作って。
惹かれている自分の気持ちを押し殺して・・・真夜は戒斗に背を向け、生徒会室の扉をくぐったのだった。
そして扉を閉める。
隔たれた扉一枚じゃあ、純血種たる能力で相手が向こう側に居る息遣いすら伝わってしまうのに。
カタッと音がして、扉の向こうで戒斗が生徒会室の扉に凭れたのが分かった。
無視すればいいのに、出来ない自分も阿呆だ。
「追っかけてやるよ、何日、何ヶ月、何年、何十年、何百年・・・純血種の俺たちには時間なんて関係無いからな。」
その言葉を最後に戒斗の気配は掻き消えた。
処渡りの術で闇となって消えたのだろう。
そしてズルズルと扉に凭れかかって、真夜は崩れ落ちた。
自分の体を掻き抱く。
十数年しか生きていない自分たちの感情など・・・これから生きる悠久の時を思えば霞のようなものだ。
そんな一時の時間しか関わっていない俺を何故あそこまで想えるのか分からない。
でもその向けられてくる戒斗の欲望の交じった感情の全てが心地良いのは・・・確かだった。
そして真夜はフッと差し込む明かりに視線をあげると、生徒会室の大きなガラスから明けの空が見えた。
藍と橙と朱の交じり合った何とも言えない空の光彩に息を飲む。
もうすぐ・・・夜が明けようとしていた。
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