序章
この「学園」は夜の顔を持っている。
カトリック系の全寮制学園、リッシェル学園。
「昼」は名門の家柄男子が集う男子校であり、勉学に勤しむ場。
そして「夜」は・・・
今宵は新月、カツンッと足音高く現れた姿に、教会に一様に集まっていた生徒達は顔を上げた。彼等の瞳の色は一様に紅い。
「あぁ久遠 真夜様だ」
誰かが囁いた声が静謐な教会に響く。
はしたなく歓声を上げるようなことはしない。
彼等は静寂を愛する一族だ。
教会の壇上に上がった人物に陶酔する。
その人物は「昼」に生徒会長として君臨している久遠真夜。
だが彼の夜の雰囲気は昼とはかけ離れている。
艶麗な妖美なそれに、皆一様に熱に浮かされたように真夜を見上げていた。
そして真夜はそんな周囲の視線に頓着する事無く、おもむろに手を上げると教会の十字架がグルッと回転して、逆十字となった。
「皆、いい夜だな・・・俺の花婿達。」
玲瓏な声に、彼等は歓喜して、その場に跪いた。
この「学園」は、夜の顔を持っている。
吸血鬼が住まう学園・・・吸血鬼はその習性としてハーレム、大奥とも呼ばれるが、形成する。
人間や自分より下位の吸血鬼を自身の支配下に置き、使役する。
だがそれにはいくつかルールがあり。
無理矢理、ハーレムに入れるのは、その吸血鬼の汚点となる。
それはひいては社交界に出たときの汚点となるので、無理強いは無い、互いの意志が尊重される。
またハーレムを持つ吸血鬼が、他の吸血鬼のハーレムに入って上下関係が出来ても、あくまで個々のハーレムは侵害することは出来ない。
巨大なハーレムを築いた者は、それだけの影響力を持ち、そのままそれがステータスになり、権力を握れる。
真夜は自分の目の前にひれ伏しているハーレムの花婿達を見下ろしながら、自分は逆十字の前に予め据え付けられていた天使が彫られている重厚な椅子に優雅に座る。
すると直ぐに「昼」は体育委員長をしている金円 武威が真夜のすぐ側まで来て片膝を折った。
「真夜さま、今宵はあの「昼」に現れた・・・転入生いかがしましょう?」
「捨て置け。たかが人間に何が出来る・・・人間でありながら吸血鬼のハーレム形成に否を唱えた・・・吸血鬼ハンター協会の回し者だって昂然と言い放った度胸だけは認めてやる。」
そして真夜はニッと妖しく笑った。そして跪いている武威の短めの髪を狗を愛でる様に撫でる。
微かに瞳を揺らして見上げてくる武威の表情には確かに欲情が見えて、真夜は微笑んだ。
「それより、今日はお前に俺をやろう・・・来い、武威。」
久遠家は代々、『供血の一族』として数ある吸血鬼一族の中で君臨していた。
純血種の吸血鬼一族であり、他の吸血鬼が「血を吸う」事でハーレムを形成するのとは逆に、「血を与える」ことでハーレムを形成する。
その供血の一族の血は、強烈に他の吸血鬼の欲望を煽る・・・そう今の武威のように。
彼はゆっくりと椅子に凭れた真夜に覆い被さるように椅子の手すりに両手を付くと、真夜の首筋に顔を近づけて、其処を舌でぺろりと舐め上げた。
「あぁ真夜さま」
歓喜に震える、武威・・・もう欲に煽られて彼の瞳は真紅に染まっている。
「もう我慢が、出来ません・・・すいません。」
「俺を喰らえ・・・ただな、首はダメだと分かってるだろう?」
それに少し武威は項垂れたが、すぐに真夜の手をとった。
「・・・すみません」
その瞬間、武威の鋭い牙がぷつりっと皮膚を食い破り、真夜の手を穿った。
そして真夜の体を走り抜けるのは強烈な快楽だ。
「ふっっ、っ」
吸血によって齎される快楽で頭が蕩けていく。
しかもこの教会の下では、沢山の自身の花婿達がこちらを注視しているのが分かって、それが更に真夜の熱を煽った。
欲望を感じる、誰もが真夜を欲していた。
するとそんな真夜の気の削がれを察した武威が、獰猛に真夜の首に手を回すと跪いている下から噛み付くように口付けてきた。
舌が入り込み、生き物のように真夜の歯列をなぞり、舌を吸い・・・甘噛みして唾液を流し込む。クチュ、クチュと水音が零れる。
「っ、んっつっ」
飲み込まれない唾液が顎から溢れて零れる。
「真夜様、真夜様っっ!」
ただただ真夜を欲する武威に妖しく真夜は笑う。
久遠家はただ唯一の『供血の一族』であり、正確には『供血の一族』はその時代にたった一人しか居ない。
歴代の久遠家当主は魔力が高まった時に、一生に一度だけ世継ぎを「創造」するからだ。
そしてそのまま「創造」が終わると当主は世継ぎを見る事無く死を迎える。
つまり久遠 真夜は、純血種の久遠家唯一の当主なのだ。
俺を欲すればいい・・・そして俺の眷属に全員なってしまえばいい。
そしてこの「学園」の支配者は夜の教会で微笑んだ。
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