死地



王都へいたる道のりは歩兵の足で約二日の行程だった。その間には精霊の森と呼ばれる森や川が点在し、部隊を休ませる街もある。王都まで迫っていた反乱軍も瓦解しているのだから過度に警戒を強める必要もないと誰もが思っており。やはりそれはエリオット・シュヴィッツフォード侯爵嫡男にとってもそうであった。
なのでエリオットはランドルフ将軍の次男である青年の面倒を見ながら後続部隊の指揮をとっていた。
「食事をとっていないと聞いたが、食べないのか」
「・・・」
その身分故に他の捕虜とは同じ扱いを受けておらず荷馬車に拘束されている青年はエリオットの言葉にも俯いて無反応だ。といっても食事以外は自殺防止のために木を噛まされた上で布を口に巻かれてる青年にまともな言葉は話せないのだが。それに溜息を零してエリオットは言葉を続ける。
「お前が喪ったものの大きさを想像するだけで俺は足が竦む」
気をひかれたように顔をあげる青年になおもエリオットは話した。
「それだけのものを喪っただろう。けれどそれはお前が生を諦める理由にはならんだろう。お前に生きて欲しいと願う人たちがいたから今、お前は此処にいるのではないのか?」
それは俺にも覚えがあると苦々しく語られた言葉にランドルフ将軍の次男は知らず唇を噛みしめる。
『何が、お前が喪ったものだ・・・お前たちに殺されたづ尊敬する父を。敬愛する兄を・・・殺したお前が言うか、この売国奴がっ』
だが口を噛まされ言い返すことすらできない今の己の立場が歯がゆく、悔しく、怒りと憎しみに頬を濡らす。その憎悪の瞳はエリオットに雄弁に意志を語り、エリオットはかける言葉をなくした。

正義は人の数だけあるのだから。


其処は王都へいたる騎士達であるならばもっとも警戒をする場所であった。事実、その渓谷にいたる前にギリウスは二度、哨戒を放っている。王都への近道ではあるが襲撃されれば寡兵であっても力を発揮されるため平時であれば使わないその場所を、だが王都にいる皇后に乞われればいかなギリウスであっても行軍を早めなければならなかった。内心苦々しく思いながらであったギリウスの胸中に根差した僅かばかりの不安はだが的中した。
ギリウスが軍の先頭を指揮していると突如として悲鳴と軍馬の嘶きが渓谷に響いた。
「っなにごとだっ!!」
馬首を巡らせば巨石が行軍の列を中央付近で分断し、軍馬のいななきと共に更に後続(・・)の列に少数の軍が攻撃を仕掛け、谷を駆けおりていってる様であった。その瞬間の心臓が冷えていく感覚はギリウスを戦慄させた。
(エリオットッ)
一瞬にして想う。夜空色の髪を、蒼の瞳を、その笑顔を喪う予感に寒気がした。

「隊列を立て直せっ後続部隊を救出へ向かうっ!!」

渓谷の崖の上から地鳴りをひびかせ巨石が部隊を寸断する。その様を見た瞬間から優秀な指揮官であるエリオットは叫んでいた。
「剣を抜け!敵が来るぞ!!!」
自身も腰に佩いた剣を抜き放つ。エリオットの意志ある言葉は軍隊の中であっても凛と響き、ともすれば恐慌状態に陥ってもおかしくなかった軍をたてなおした。
「部隊ごとに円陣を組み決して突出するなっ!!」
兵たちは信頼あるエリオットの言葉に一つの生き物のように動く。
「分断されましたっ!!」
アルベスが隣で危機的状況を叫ぶのをエリオットは笑ってみせる。
「構わん!敵は寡兵、犠牲は少ない!」
この状況で敵が狙うのはただ一点。それがわかっているからこその笑みだ。

「殺せっ!!!ギリウス・ボルヴィンでもエリオット・シュヴィッツフォードでも構わんっ殺せっ!!!!」

敵はエリオットをギリウスと間違って認識しているのだろう。
ちらりっとエリオットは親友のボルヴィン家の旗と己のシュヴィッツフォードの旗がはためいてるのを横目に見た。
「まぁ読みは悪くない」
であればエリオットがすることは一つだけだ。敵をこちらへ引き寄せれば味方は多く救える。自分がすべきことが分かっていればエリオットに迷いはない。
敵の軍が崖から雪崩のように攻めてくるのを見ながら、だから壮絶に笑って見せた。
その戦いに身を置く騎士の姿を目の当たりにしてアルベスがグイッとエリオットの馬の手綱を横合いから掴んだのは直ぐのことだった。
エリオットが視線を向ければ何時になく焦った黒曜石の瞳とかち合う。
「お下がりくださいっ!!!」
「馬鹿を言うなっ」
それはエリオットには有り得ないこと。たとえ自分が死ぬことよりも有り得えぬことだ。
「お前は俺に臆病者の誹(そし)りを与えるつもりかっ!!」
焔が広がる様に、エリオットの言葉は兵たちの耳に広がる。
「武をもって勇を示し!!義に身を尽してこそがシュヴィッツフォードの姿!!!!」
それこそ、支配階級にあって正しくその力を執行する貴族たる騎士の姿。ノブレス・オブリージュ。
銀の剣を抜き放ち、エリオットは最前線に躍り出た。

「我こそはエリオット・シュヴィッツフォード!!私を討たんと思わん者は前に出るがいい!!」

輝く銀の剣は勇猛の光なり。彼の方と轡を並べるは騎士の誉れ。そう謳われたエリオット・シュヴィッツフォードの果敢なる戦いが始まる。

「死地にありて、生きろ!!!」

エリオットの言葉に応えるように、まるで燃え散る火のように騎士達は咆哮を上げ、戦った。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -