朝の気配に揺り起こされる。
「んっ」
元々、エリオットの生活は規則正しい。僅かに呻いて目を開けると目の前にギリウスの整った顔が飛び込んできた。朝日を集めたようなギリウスの金髪、今は閉じられた神秘的なアメジストの瞳。黙ってその顔を見詰める。健やかな寝息をたてる男はこうしているとあどけなさがある。普段張りつめている友のこうした無防備な姿がエリオットは好きだった。自分だけに見せてくれている、その安らいだ姿に自分も心が和らぐ。隣にいることを許してくれていることが嬉しい。
「腹立つぐらい男前だな、くそ」
だがエリオットの口から出たのはそんな悪態で。少し目の前の整った男の鼻を摘まむと眉を寄せたので笑って離してやる。
きっとエリオットがこうしてギリウスの腕の中にいるということは昨夜のあれは夢じゃないんだろう。酒で記憶を失くしたことも無いエリオットである。
昨夜は『もっと』と言って女のように彼の熱をねだった。最後にはあんな・・・とそこでエリオットは「うわー」と呻いて顔を抑えた。
背がしなる程に抱きしめられた力強い腕の感触を覚えている。エリオットの欲を慰めた手淫も。
「お前には大したこと無くても、俺には大したことあるんだからな。馬鹿野郎」
男も女も放っておかない男だとは知っているがエリオットの知らない所でギリウスが誰かと関係をもっているのは潔癖といわれようと嫌だった。自分もほどほど恋をしてみたりしたが、片手に足りる回数で深い関係も持った者も居ない。そう思うと何だが腹が立って今度はギリウスの鼻先を指で叩いて見せると、彼はまた苦しそうに眉を寄せるので、それに少し溜飲が下がりエリオットは微笑んた。身じろぎして再びギリウスの腕の中に体を寄せ、素肌の互いの足を絡ませ合う。小さい時はこうやって眠ったこともあったなと思いだしながら、うとうとと微睡み、やがてエリオットの瞼が閉じて天幕には再び二人分の寝息が聞こえてきた。

珍しいと思った。規則正しい生活のエリオットがギリウスより先に起きていないことがだ。ギリウスが目を覚ませばまだエリオットは腕の中で眠っていた。
するりっと触れる素肌が心地いい。天幕の外から聞こえてくる音から騎士達はもう起きだしていて、軍を指揮する立場である自分たちももう起きなければいけない時間だと分かってはいるのだがギリウスにはエリオットが腕の中に在る時間が惜しくてならなかった。
「エリオット、朝だぞ。」
そう言いながら、エリオットの寝乱れて顔にかかっていた黒髪をギリウスは指先で横に流す。他愛もない時間だ。けれどこんな時間にギリウスは泣きたくなる。

「ギリウス閣下。朝早くより申し訳ございません。そちらにエリオット様はいっらっしゃいませんか」
この時間をさくように声がかけられた。落ち着いた声音はエリオット付きの騎士アルベスだ。この年上の騎士をエリオットはお目付け役のように感じて少し重く感じていることをギリウスは知っている。だがアルベスはエリオットに対して違う思いがあるだろう。
「エリオットなら今俺の隣りで寝ている」
天幕越しにそうギリウスが声をかければ間ができる。布ごしにどんな顔をしていることやら、これで年上というのだから嗤わせる。
ギリウスはエリオットを起こさない様に寝台から抜け出そうとしたがエリオットが足を絡ませてギリウスの腕の中にいるので、どうやってもギリウスが起きれば起こしてしまうだろうと気付いてむしろそれで良いと身を起こす。
「ああほらエリオット、起きろ」
「ギリゥス?」
案の上、ぼんやりと覚醒しだしたエリオットに自然と笑みを浮かべ、ギリウスはその手で頭を撫でてやる。
「寝ぼすけめ」
「ん」
この声も全て天幕越しに聞こえているだろう。追い打ちをかけるようにギリウスは再度言葉をかけた。
「悪いがエリオットの朝の支度はこちらに運んでくれ」
「・・・畏まりました」
お前の入る隙間など無いことを知れ。
「嗚呼、あと身を清めるための湯と布も頼めるか。」
「・・・御意」
天幕の外の人の気配がいなくなるとクツクツと嗤えた。大事に想うエリオットを俺などに触られて内心、腸はらわたは煮えたぎっているだろう。
また半覚醒の親友エリオットの髪を撫でてやれば、「んぅっ」と呻いてエリオットは空色ブルートパーズの瞳を開く。けぶるような睫毛が震えてその鮮やかな虹彩があらわれると宝石を見つけた人間の心持ちすらする。
「おはよう、エリオット」
「おはよう、ギリウス」
そして、さらりっと額にかかっていた髪の毛を掻き上げて朝の挨拶にその頬に口付けた。

軍の最高指揮官であるギリウス・ボルヴィンとエリオット・シュヴィッツホォードが皆の前に現れたのは騎士達が天幕を引き払い、大方が出発の徒につける状態になってからだった。銀の鎧が陽に輝き、まるで二人の存在そのものが対ついの様ですらある。
「ギリウス、悪い持っていてくれないか。」
「嗚呼」
他愛もない会話を交わす二人の姿は親密さをうかがわせる。剣をギリウスに預けて腰の剣帯を結び直すエリオットと彼を傍らで待つギリウスには親しいものの間にだけ流れる独特な空気があって部下たちは声をかけるのを躊躇ためらっていたが、
「エリオット様」
そんな彼等の時間をさいて声をかける人物がいた。黒目黒髪の騎士、アルベスだ。ギリウスはエリオットがそちらに視線を向けるのを追うように自分も視線を向けると意図せずアルベスと視線がかち合う。ギリウスが眉一つ動かさず視線を逸らさずにいれば最初に目を逸らしたのは相手の方だった。一瞬のことではあるが互いに好ましからざる人物としてみている。それがこの一瞬であらわれたのだと知れた。だが相手もさるもので内心の動揺などおくびにも出さずエリオットに言葉をかけている。
「馬の用意は出来ております。」
「ああ」
自分を挟んで男二人が牽制しあってる事など、ちらとも気付かずエリオットはアルベスに返事をしてギリウスを振り仰ぐ。
「俺は後続から指揮をしよう」
さぁ剣を返してくれと掲げられる友の掌てのひらの上に預けられていた剣を返すとエリオットは笑った。笑ってギリウスに手を伸ばし頬を柔らかくなぞった。
「なんて顔をしている」
自分がどんな顔をしているかなど知らない。けれど頬をなぜる手が柔らかくて、エリオットが笑うので・・・言葉などなかった。
ギリウスはただその頬をなでる手を握り、その手のひらに口付けを一つ落としたのだ。



ギリウスは軍の旗印として先頭にたたねばならないことはエリオットも知っている。だからこそ後続に入ると告げたのだろう。
ギリウスも部下に促され葦毛の馬に乗ると、同じく馬上からエリオットが声をかけてきた。

「ギリウス、お前の旗印を借りるぞ」
紫に金糸でケイローンが刺繍されたボルヴィン家の紋章を知らぬ者はこの大陸には居ない。その旗印の在るところに意味するものはボルヴィン家直系の存在だ。
それを借りるとはどういうことかた目線で問えば、エリオットは快活に笑った。
「俺が行って、お前の旗もあったら二人分の鼓舞ができるだろ!」
それがあまりに”らしく”てギリウスも自然と微笑んでいた。

「お前らしい」

それが運命の分岐点になると知らなかった。




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