轟く音。舞い上がる砂埃で視界が土色に濁る。そんな中、崖から落ちた巨石によって部隊を寸断された時、ギリウスは自身の内の感情に支配されたようにすぐに馬首を返し後続部隊の救出を指示していた。
「隊列を立て直せっ後続部隊を救出へ向かうっ!!」
だがその行軍を周りの騎士達によって阻まれる。ギリウスの周りを固めるように剣に覚えのある隊長クラスの者たちが一斉にギリウスに進言した。
「なりませんっ」
「御身はこのままお下がりくださいっ」
部下たちは何故かギリウスよりも彼自身の行動をよんでいたようで。馬の進路を複数で幾重にも潰されている。これでは振り切って後続部隊と合流することも難しい。彼等にギリウスは何時にない冷厳な声で命じた。
「誰にものを言っている。下がれ。」
ギリウスの意志を示すように鞘走りの音と共に抜き放った彼の剣を、だが隊長たちは一切ひるまなかった。
「このまま貴方様を後方へ行かせるわけにはまいりません」
「大将を喪えば、それは我等の敗北。それが分からぬ貴方ではないでしょう」
流石は隊の長達。戦場において彼等はギリウスと対等であった。勿論、ギリウスは隊長達の言い分など分かっている。頭では分かっている。この場合は自分だけは安全な場所に移動し、救援を送るのが常道だ。であれば敵は寡兵・・・こちらの負けは有り得ない。だが常道を行えば後方部隊には当然犠牲が多くでるだろう。
その可能性を突きつけられてギリウスはと悪寒が止まらなかった。思わず、指揮官にあるまじき私情の入りまじった声を出していた。
「エリオットがいるのだっ!!」
それは普段、心の内をひた隠しにするギリウスにしては稀な。本当に心から友を案じたものだった。けれど戦場に身を置く隊長達は表情を変えることなくギリウスに言った。

「・・・貴方様に勝る者はこの軍にはいませぬ。」

総大将を喪えば軍は瓦解する。
だがギリウスにとってそれはエリオットに他ならなかった。
ギリウスは凍り付いた紫の瞳を隊長達へ向け、微笑んだ。
「お前達は俺に死ねというのか」
常にない覇気に呑まれ、歴戦の将たちが「なにを」と喘ぐように口にすればギリウスはその紫電の瞳を細め、いっそ悪魔的に美しく、ギリウスは嗤う。
「ここで俺はエリオットの元へ駆けなければ、俺はもう二度と彼を親友とは呼べないだろうよ」
『そんなこと』と将たちは思った。なぜならそう言う思いを彼等は常にしていたからだ。友を戦場で助けに行けない苦悩は騎士であれば誰もが抱えるもの。
だからこそ、あるいは彼等は思った。『それは取るに足りないもの』と。

「エリオット閣下ならきっと分かって下さいます、友を助けに行ける閣下たちの今までが恵まれていたのです。」
いっそ厳しく優しさをもって言い切った将にだがギリウスは剣の柄を握り締めて叫んだ。

「それはっ!!!俺の魂が死ぬということだっ!!!!!!」


エリオット・フォン・シュヴィッツフォード。
この大陸に覇を唱える帝国の二大侯爵家の嫡男であり、並ぶ者の無い存在。かつてこの王国の興りに王に仕えた勇猛な騎士の血筋。今もそれを誇りとして依って立ち、力も具えた稀有な貴族中の貴族。

たまにギリウスは思い出す。二人で共にシュヴィッツフォード邸の広大な昼の庭を駆けていたころのことを。昼の抜けるような青空の下で二人でたまたま見かけた蒼い蝶。追いかけて追いかけてギリウスが手で捕らえようとしたらエリオットがその手を押しとどめたのだ。
「だめだよギリウス。触ったら死んでしまうよ」
ギリウスを覗き込む様に見つめるエリオットの蒼の瞳。さらりっとギリウスの視界の横で流れる夜空色の紫がかったエリオットの黒髪。

嗚呼。
そうか。
この美しいものは俺が触れたら死んでしまうのか。

手をひき、空を飛ぶ蝶を見送るギリウスにエリオットは笑っていた。そんなエリオットの横顔に尋ねたのだ、
「お前は?」
「なに?」
質問の意味がわからなかったのだろう訝しげなエリオットになお言葉を重ねた。
「お前は俺が触れても死なないのか」
するとエリオットは一瞬驚いたようだったが、優しく笑った。幼い同じ年齢だった筈なのに。時折彼はこうしてギリウスの全てを赦すような表情をしてみせた。

夕焼けがエリオットの整った顔を照らして美しい。
ああこんなにもお前はうつくしい。

「死なないよ。お前の手は俺にとって傷付けるものじゃない。」

そっとギリウスの手をとってくれたエリオットの手は温かかった。

「それに俺が死にそうなときはギリウスがその手で助けに来てくれるだろ。」

思っても見ないことだった。だってお前は並ぶものが無くて、尊い血筋で、俺からしたら何でも持っていた。俺がお前を助けることがあるのだろうか。でも他ならぬお前が俺を”そう”だというなら。嗚呼。きっとお前にとってそう在ろう。

騎士が騎士たる所以がその意志にあるというなら。
騎士としての俺はお前が生んだのだ、エリオット。
そして他の誰でもない生まれて初めての騎士の誓いは、ただ一人のお前に贈ったのだ。







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