「んっ…」

黒琥が目を覚ました時、そこは自分の部屋だった。だが体の気怠さと昨夜の記憶があれは現実だったと告げている。それに確かに黒琥は幸福だった。惣一と一緒に居られればそれでいいと思った。一度目は惣一を喪った。あの喪失感にもう自分は耐えられそうにない。早く会いたい。会ってずっと側に居て存在を確かめたかった。
だから黒琥は鈍い体を引きずるように白いシャツとジーパンというラフな格好に手早く着替えると、ピコーンという音と共に選択肢が現れる。

▼部屋から出る。
▼黒田を待つ。
▼ルシファーのアジトへ。

そんなの決まっていて直ぐに「▼部屋から出る」を選択すると惣一の部屋へ向かった。

―…その全て、何もかも別れへの始まりのだったと気付くのは、いつも後になってからだった。

朝陽が月宮邸の庭を照らして深緑が目に鮮やかに飛び込んでくる。一回目は燃え落ちた屋敷が今は健在で、惣一の部屋へと通じる渡り廊下を歩めば木が軋む音を立てた。気持ちが浮足立っている。走って惣一の部屋へ行ってすぐに腕に飛び込んでしまいたいのに、そんなの子供っぽいからしない。
実際時間はそんなに経ってないのに何時間も歩いてるみたいだ。はやく会いたい。本当は一秒だって離れていたくない―…そんな恋をしていた。

そしてつい惣一の部屋へと通じる襖が見えた時、小走りになってしまったのは仕方のない事だった。
やっとそこに手をかけるその瞬間、襖は内側から開いた。開けたのは惣一だった。
顔を見た瞬間に黒琥は自然と笑顔を向け、着物姿の惣一は驚きで目を見開いた。
「惣一っ」
「お前…」
「ごめん、でも会いたくて」
はにかむような、けれど惣一への情を隠しもしない黒琥に惣一の明晰な頭脳はあの“松田”の考えが読めて心が凍る。そしてその惣一の考えを読むように、背後から惣一に抱きついてきた腕があった。
(嗚呼…そういうことかよ)
まんまと嵌められた。
「若、なぜここに黒琥さんが?」
しなだれかかる様に情事の名残を残した肌を惜しげもなく晒し、惣一の襦袢だけ引っかけた“松田”。
さっきまでは寝ていた筈の松田が急に起きだして、黒琥に見せつけるように後ろから惣一に抱きつき三日月の様に口を歪ませて嗤う。これは得体の知れないモノだ。惣一が目線をやれば黒琥の笑顔は凍りついて、目の前のことが受け入れられないのか惣一と松田を見ている。けれど松田が襦袢からおしげもなく姿態を晒すから惣一と松田との関係を疑いようが無く傷ついた表情で黒琥は惣一を見た。
(…馬鹿野郎。なんて顔をしてる)
そんな顔をさせたくない。けれど何も言えない。
「昨夜は俺、幸せでした。若、何度も俺を愛してると言ってくれましたね」
泣きそうに唇を噛みしめて惣一を見る黒琥に違うと言って抱きしめてやりたかった。
それが許されるのなら、抱きしめてこのまま部屋に閉じ込めて何度も安心するまで言葉をかけて抱き潰してやりたい。だが何も言葉はない。惣一が松田を抱いたのは確かなことだ、そこに言い訳などしない。
確かに俺はお前を裏切った…体を重ねるなど禁忌である筈の血を分けた兄弟。けれど散々悪事に手を染めた惣一にとって今更で。手放したくないと思い黒琥に語った言葉は本当だ。

…けれど、それより何より今は離れて欲しかった。
この得体のしれないモノに付きまとわれている自分の側に居たらきっと黒琥は巻き込まれる。傷つけられる。そんなの自分だけでいい。
「なんで、だよ…」
傷ついた顔をしている黒琥に惣一は嗤ってみせた。どんな時でも顔芸が出来なくては月宮の若頭と言われない。
これからお前に作る傷は俺がつけるのだ。他の誰でもない。この俺がお前を傷つけるんだ。
得体の知れないモノに傷一つ黒琥のものをくれてやる気はなかった。
(その心の傷すら俺のものだ。黒琥。だから俺を憎め、俺だけを恨め、俺だけを見ていればいい)
ああ俺達はこうやってしかきっと関われない。不毛だな。
「お前の具合は良かったぞ、黒琥?」
そして右手で黒琥の顎を持ち上げる。
「俺の下で女みたいに喘ぐ様が本当に…浅ましくて。」
傷つくように目が見開かれる姿を、すぐに溢れて零れる涙を惣一は瞬きもせず見ていた。そうこれはお前が俺への想いで流す涙だ。誰かに仕組まれたんじゃない。
けれどあまりに綺麗で思わず腰を抱き寄せて、その涙を舐め取るように口付けたのはもしかしたら失策だったかもしれない。
「惣ぃ」
次から次へと溢れる涙を舐め取る。胸に回された松田の腕がギリギリと爪を立てて惣一を責め立てるが知ったことではない…予感がする、きっとこれが最後だ。
惣一は黒琥の目を上から覗き込んだ。自分の目に黒琥が映って、黒琥の目に自分が映っている。
(ああ…)
お互いが映りこむ瞳を見て自分は恋に落ちてたのだと知る。この存在を守るためなら別にこんな胸の痛みなど何てことは無い。
「もう二度と俺に構うな」
それが惣一の誠意だった。これが惣一の愛だった。







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