ギリウスの腕の中でエリオットの酒気を帯びた体が熱を得ているようだった。目の前の紫がかった黒髪が額に張り付いている。今その瞳は閉じられてギリウスの腕に委ねられている。
「全くお前は、世話をかけさせる」
エリオットは聞いているのか聞いていないのか反応を見せない。それに苦笑しながらギリウスは自身の天幕まで来るとそのまま白地に金糸の刺繍の施された幕をくぐり、天幕の奥までエリオットを運ぶ。野外での天幕とはいえボルヴィン侯爵家の者が使う天幕であるから寝台はふんだんにクッションを使われていて苦痛を感じることは無い作りとなっている。まずその寝台に腰かけた後、ゆっくりとエリオットを壊れ物でも扱う様に寝台に下ろした。
そして剣帯を器用に解き、枕元にエリオットの剣を置くと
「んぅっ」
エリオットは呻いて、けぶるような睫毛が瞬いて微かにブルートパーズの目を開けた。

体が沈み込む柔らかな感触に意識が浮上して、目を開くと薄暗がりの中に見慣れた紫電の瞳が俺を見詰めている。金色の髪、夜の闇に溶け込む様なアメジストの瞳、絵画から抜け出て来たような男らしい顔立ち。ギリウスだ。俺の親友殿。
頭がフワフワした。これはなんだ夢か。夢だなー・・・だってさっきまでギリウスは俺の側にいなかったんだから。俺の側じゃなくても楽しそうに酒を酌み交わしてた。
「ギリウスの馬鹿野郎」
「随分だな」
だから普段思っていることを言ってやろうと悪態をつけば夢の中のギリウスがすぐに返事をしてくる。リアルだなぁとぐるぐるふわふわとした頭で思う。ぼんやりと見上げる事しかできない俺に寝台の音を軋ませてギリウスは俺に乗り上げてくる。サラリッと流れておちる光を束にしたかのような金色の髪がギリウスの顔に影を落とす。
嗚呼ギリウス。俺の親友殿。こんな何でもない一瞬に泣きたくなるんだ俺は。
「俺が心配しているのに」
「・・・嗚呼しっている俺の幼馴染殿。」
少し無理をして手を上げるだけでギリウスはその手をとりそっと口に持っていって口付けを落とす。この誑し野郎が。
でもそれで気分が浮上してくる俺も現金で。「もっと」と微かに乞うだけでギリウスは俺の上に乗りあげながら抱きしめてくれる。
途端に一杯になるギリウスの薫り。
こんな夢を見るなんて、背がしなる程に強く抱きしめられて息を吐く。
「ギリウス」
「うん」
その吐息のまま呼べば夢の中のギリウスは俺を無視しない。俺がいない奴みたいに他の奴とだけ話したりしない。
「お前はっあんなことしなくていい」
「しないよ」
俺がぼかした”あんなこと”を正確に伽の事だと理解しているギリウス。
ああやっぱり夢だ。これは夢できっと現実には俺は一人だろうけれど・・・寂しい、よい夢だ。

酔ったエリオットが無防備に俺の腕の中で背をそらしながら抱きしめられている。王国でも最も高貴な血筋の一つであるシュヴィッツフォード侯爵家。その高潔な嫡男が俺・の腕の中で女の様に扱われていることを城に残っている貴族連中に見せたいものだ。ボルヴィン家とも呼べぬ妾の子と口汚く罵ることだろう。そこでクッと嗤う。ほら見てみろ、お前たちの大切なエリオット・シュヴィッツフォードは俺の腕の中だと。
くしゃりっと紫がかった黒髪を撫ぜる。その血筋を現す髪の色。美しいエリオット。その米神こめかみにチュと口付けると囁いた。
「もう寝ろ」
エリオットの酒気に酔った潤んだ目。エリオット、お前自分が男を誘う様に色を帯びていることを気付いているか。否、気付いてはいないだろう。
「服を脱がせてやる、ほらっ」
抵抗もみせず僅かばかりの着ずれの音と共にエリオットの胸元をくつろげると宵闇に白い肌が浮かび上がる。共に潜り抜けた戦場の分、その肌には傷跡も見られるがその傷跡すらギリウスには綺麗だと思った。
貴族は寝るときは服を着ない。侯爵家嫡男たるエリオットも勿論そうであり。服を脱がすギリウスに身を委ね無意識に手伝うエリオットはあるいは此処は実家でギリウスは召使だとでも勘違いしているのかもしれない。
「エリオット、さぁ」
だがギリウスに促がされ、下のズボンのベルトを緩めて下ろそうとするとエリオットは抵抗とは呼べないような弱い手でギリウスの手に触れた。
互いのブルートパーズの瞳とアメジストの瞳が交わる。ギリウスは友の意図を読み取りながらも構わずエリオットを一糸纏わぬ姿にした。


嗚呼、俺にとって最も高潔な友よ。


白いベッドに広がる紫がかった黒髪。酒気を帯び潤んだブルートパーズの瞳。薄闇に浮かび上がる男らしい躰は共に幾度も死線をくぐり抜けたもの。
無防備なその姿にどうしようもなく欲情する。しかもエリオットも兆しているのをギリウスは察して嫣然と笑い。
「慰めてやるエリオット」
と囁いて親友の額に親愛のキスを贈った。
その額への口付けでギリウスの唇に柔らかいエリオットの髪が触れた。いつもは横に流れるように整えられている髪が今は幾分乱れている。
だからこそ触れたその繊細な感触にギリウスは笑みを深めて、さらにその閉じられた瞼の上に口付ける。

かすかな体温、あえやかな呼吸、ふくいくたる香り。高貴な美しいエリオット。
額への口付けは友情と祝福を、髪への口付けは思慕を、瞼への口付けは憧憬を贈ろう、友よ。

いつもギリウスはこんな一瞬になきたくなる。あまりに綺麗な存在エリオットを前に、自分の薄汚さでなきたくなる。

「ギリウス?」

酩酊状態でぼんやりと見上げてくる無防備なエリオットのブルートパーズの瞳に獰猛な獣が映っているのが見えた。その獣は紫電の瞳をしている・・・嗚呼あれは己自身なのだとギリウスは酷薄に嗤った。するりっと手にエリオットの欲望の兆しを撫で上げて、それを手で梳いてやるとギリウスの腕の中で友はないた。
「っんぅっ」
エリオットの夜空のような紫がかった黒髪がパサッと白い寝台の上で乱れる。その無防備に晒される咽喉ぶえを食いちぎってしまいたい欲と戦いながらエリオットの欲を更に煽れば、エリオットはギリウスの手をどけようと足掻いた。ギリウスにしてみたら嗤いだしそうな程に、か弱く抵抗を見せるエリオットにお仕置きとばかりに鈴口を水音をたてて親指ですれば、一際甲高い声でエリオットは鳴いた。
「んぁぁっあぁっ」
艶やかなその声に獣のように舌舐めずりをする。エリオットは高貴なその血を正しく残すことが求められている侯爵家嫡男でありながらギリウスにいわせれば嗤ってしまうほど色事に弱い。これでは変な女でも男でもひっかかったら大事になってしまうだろう。今まさに。
グチュグチュと水音を立てて性急に梳けば耐えられないとばかりに振り乱される夜空の色の髪とその間から覗く蒼の瞳が何よりもギリウスを煽った。
「あっぁぁっギリッゥスッッ・・・ぁぁっ・・・」
もう限界であろう、それに僅かばかりの爪を立ててクチュリッとその欲望をすいてやれば、腕の中のしなやかな体がビクンッと震えた。
「ああああっぁぁっギリウスッはあぁっ」
最後まで出しきってやろうと何回か梳くとエリオットの自身はギリウスの手の中でビクビクッと震えて白濁を腹の上に吐き出した。
酩酊状態で精を出したからか体を高ぶらせた熱が急速にひいて眠りのふちへ意識を沈ませているエリオットにギリウスは嗤う。

「眠れ、エリオット」

そして首筋に口付けを落として、そこに赤く所有印しるしを刻んだ。首筋の口付けは・・・。



「ギリウス様」

時間にしては僅かだったろう。
天幕の外からかかる声は従卒のものだった。きっとギリウスが天幕に戻ったことを察して用向きを聞きに来たのだろう。普段は天幕の側で控えているものだが今夜は無礼講でそちらに参加していて来るのが遅れたのだと察しがつく。
ギリウスは先程のエリオットの痴態で兆している自身を隠すように枕元に畳んで置かれていたガウンを隊服の上から羽織るとそのまま天幕の入口へ向かった。
「お湯をご用意致しますか。」
天幕の外から再び声がかかる。それに、わざわざ幕を上げて出てみせたギリウスは乱れた上着のまま外に出る。普段はそんな格好で人前に立ったことの無いギリウスである。察しのいい従卒は途端に顔を赤らめて狼狽した様子だったが、ギリウスは構わずに気怠げに髪をかき上げながら言った。
「今日は湯を二つ頼めるか」
「っはい」
ギリウスが自身の天幕に伽として誰かを招いたことは無い。
だからこそ今のギリウスの格好も相まって誰かがギリウスの寵を受けたと幾許か噂にはなるだろう。
人の噂をとは下世話なものだとギリウスは内心嗤うが顔には部下を労う騎士としての顔をのせてみせた。
「すまないな」
そうして微笑んでみせれば、従卒は恐縮したように頭を下げた。

大陸を統一している王国の権力の一角である二大侯爵家の従卒はその仕事の重さから貴族から選ばれるのは周知の事である。なぜなら侯爵家は王家の血も深く混ざった貴族の中の貴族だからだ。ゆえに平民が侯爵家の人間においそれと近付くことは許されておらず、貴族の中でも人柄を見込まれた者のみがその職に就くことができる。故にたとえ従卒といってもその動作は洗練されており仕事も早い。
「閣下お湯をご用意致しました。」
天幕を後にして、ほんの少ししか経っていないであろう時間で声がかけられ、ギリウスが入室の許可を出すと従卒は湯をいれた盥たらいを二つと布を二枚その縁ふちにかけて入ってきた。だが彼はベッドを見るやいなや驚いたように目を見開き固まる。
「どうした?」
ギリウスがフッと微笑みながら声をかけるとあからさまな反応で従卒は目を逸らした。
「いえっ」
ギリウスのベッドではエリオットが寝ている。といっても肩まで布団がかけられており顔も反対側を向いているので従卒にはその髪しか見えないであろうが、シュヴィッツフォード侯爵家の直系にのみ現れるその特徴的な紫がかった夜空色の黒髪はこの国の者であるなら見間違える筈もない。
その侯爵家の嫡男が明らかに情事の名残を漂わせ、同じ侯爵家の嫡男の閨ねやにいるのは確かにスキャンダラスだろう。

「置いたら下がっていい」
いつも通りの声で命じると従卒は貴族らしく表情を整えて「失礼いたします」とその場を後にしたのだった。

(・・・驚いた)
バルジェッタ男爵家三男のラウス・バルジェッタは宴会会場の広場から帰ってくる同僚の騎士達が挨拶を投げかけてくれるのをうわの空で返しながら
たった今見た光景が信じられず、思わず夜道で立ち止まった。

この大陸で並ぶ者のいない二大侯爵家の嫡男であらせられるギリウス様とエリオット様は幼馴染で、仲が良いことは国中の者が知るところではあったが、それは友情であるものと思っていた。けれど明らかにあの天幕にながれる空気は情事後の特有のもので・・・二人の先の事を思うと哀れに思えた。
男同士妊娠も結婚もできるが、あくまでそれは平民や下級貴族のことであり。大貴族はそんなマイノリティは許されてもいない。その高貴な血を同じく高貴な女性と繋ぐことを定められている。それが二大侯爵家なら尚更だろう。
自分も貴族の一翼であるから分かるのだが息の詰まる様な権力闘争。悪意。妬み。そんな中でたった一つ大切なものを見つけられたのならそれはとても幸せなことだが。果たして本当の意味で手に入らない者がずっとずっと側に居ることは狂おしいかもしれない。けれど・・・
(・・・ギリウス閣下は、あのように心を許すのだな。)
天幕から出る瞬間に確かにラウスは見たのだ、眠るエリオットの髪をまるで尊いものでも触れるように優しく透くギリウスの手を。見下ろす瞳を。
あの瞬間、あの瞬きの時間は確かに彼かの御方おかたは幸福であっただろうと思う。気付いているかは分からないが。そこにある幸福が彼かの方に届いてほしいと思った。

用意された湯の温度を確かめるために指先をひたすと丁度よい温度でギリウスは盥たらいにかかっていた清潔な布をひたして絞り、それでまずはエリオットの体を拭いてやった。身体についた精もとれ綺麗になる。エリオットは僅かに呻いて僅かに身じろぎするだけで目を覚ます気配はない眠りは深いようだった。
その眠りに落ちるエリオットにむけて白濁をぬぐった布を掲げるようにしてみせてギリウスは言った。
「お前のこの精を欲しい輩が多いだろうなエリオット。」
エリオット自身は眉を顰めるだろうが、シュヴィッツホォード侯爵家嫡男の寵を受け、子を授かりたい者などごまんといる。
その皆が焦がれる極上の男を愛撫し、性をはき出させた仄暗い優越感と欲望にギリウスは嗤った。

そして自身の身体も拭くと幾分躊躇ったもののギリウス自身も服を脱いだ。戦場においては何時でも戦えるようにしておくのが基本だ。
だが今、敵の主力は壊滅し、もし敵が残存兵力をかき集めて奇襲を仕掛けてきたとしても、すぐに圧倒的な物量で押しつぶせるだけの戦力がある。だからこそギリウスは戦装束をとき、エリオットと同じ寝台に潜り込んだ。
素肌のまま触れ合うエリオットの肌はさらりとよく自分に馴染むようだった。けれど決定的に自分と彼は違う。
眠る親友の体を抱き寄せて、その整った男らしい寝顔を覗き込んだ。こうしてみるとあどけなく見えるし、幼い時を知っているからこそ『少女のよう』と持て囃されていたエリオットの稚けない姿を彷彿とさせた。
「皆がこがれるお前を俺が手にしている・・・」
嗚呼、それはまさしく奇跡で、この喜びは俺を絶望させる。お前は綺麗で、俺は自分の醜悪さに泣きたくなる。幾千の夜この体を開きたいと願った。そのたびに己のその醜い欲望に幾度も絶望した・・・そして今夜もまた俺は絶望する。

「おやすみ、エリオット。」
友よ。

右手でエリオットの髪を掻き上げて、その額に口付けを落とした。





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