ギリウス・ボルヴィンは中央に焚かれた篝火を挟んで、部下に囲まれている幼馴染のエリオット・シュヴィッツフォードの様子をそれとは気付かれぬように見ていた。自分に伽を申し出てきた部下を見て、潔癖なエリオットが激昂するなど分かっていることで、この距離感もギリウスが狙ったことだ。
こんな風にすれ違いみたいなことを自分たちは慣れてはいない。案の上、根が素直なエリオットはギリウスを気にしてこちらをしきりに見詰めてくる。その友の姿に思わず、周りの有象無象(うぞうむぞう)の輩と酒を酌み交わしながら笑ってしまった。侯爵家嫡男としてはあまりに純粋な男だ。
(そう、もっと、もっと・・・俺のことだけを考えると良い。エリオット。)
あまりにエリオットがギリウスの事を見るから逆にギリウスはエリオットの方を見ない様にしなければならない程で。視線を交わさなくても親友(とも)のギリウスを見詰める視線をひしひしと感じる。そのいじらしさはギリウスが愛してやまないものだ・・・だがもうそろそろ潮時だろう。
なぜならこうして二人が距離を空けるだけで、その間に割って入ろうとする輩が余りに多すぎる。

「ギリウス様とエリオット様が隣でないのは珍しいですね」
探る様に声をかけてくる部下に人好きのする笑顔を向けてみせる。
「どうやらエリオットの機嫌を損ねてしまったようでね」
そう言えば部下は「へぇ貴方方でも、そういう時があるんですね」と笑い、酒を注ぐ。一体なにを考えているのか媚びるような目線に吐き気がする。
しかもどうやらエリオットの側にも彼に取り入ろうとしている者が彼を囲んで、ギリウスとのことでどこか上の空の親友に区別幕無し酒を勧めているのを視界の端に捕らえて思わず仮面を剥がして舌打ちしそうになった。

エリオットが騎士として優秀なのは疑うべくもないが、侯爵家嫡男として大事に育てられた故になかなか人の裏の顔に気付かない。
愛されて育てられた男なのだ。
それでもこの貴族社会において彼が彼として生きてこれたのはエリオット・シュヴィッツフォードという人間を周囲が愛したからであり、ギリウスが親友のその純粋さを守ったからだ。純粋であるが故に残酷で、無垢であるが故に愛おしい友−・・・だが酔わされて無防備に知らぬ男に抱き上げられるエリオットを見た時はギリウスは触るなと叫び出しそうになる自分を抑えるので必死であったし、焼き付くような感情が止めどなく溢れて、おそらく今自分は笑えてないだろう。

そのままどこかに運ばれようとしている親友(エリオット)は遠目でも明らかに意識が混濁している。
そうさせたのはこの俺だ。
エリオットに自分を失くさせるほどの存在はこのギリウス・ボルヴィンだけだ。
触れるな、その汚い手でエリオットに触れるな。

思わず・・・殺してしまいたくなる。



腕の中の御方を抱き上げて、その場を後にする。こちらを見てくる兵たちの嫉妬の入り混じった視線を掻い潜ってなんとかこの酒宴の場を後にしたい。何よりギリウス・ボルヴィン閣下に見つかれば大変なことになることは目に見えている。
エリオット様が俺の誘いを本当の意味では理解していた訳ではないと分かっている。けれど、こんな機会(チャンス)滅多に巡ってくるなんてものじゃない。この大陸に覇を唱え並ぶものが無いトルギリア王国。その二大侯爵家の嫡男であるエリオット様。
サラリッと俺の肩に凭れかかる紫がかった黒髪。息を吸えば品の良い香水が薫る。普段こんな距離でこの御方の側にこれることなど出来ない。
なにせエリオット様の隣りには常にギリウス・ボルヴィン侯爵嫡男がいるのだから。
金の髪に男らしい端正な顔立ち。ミステリアスなアメジストの瞳に低いテノールの声で常に冷静な判断を下す王国一の騎士。ギリウス・ボルヴィン。
その有能さゆえに彼には皆、畏怖すら湧くが、彼の人にいつも寄り添うエリオット閣下はまるで正反対で。月と太陽のようだとよく称される。
彼等は騎士達からも人気があって、いつか彼等の伽に呼ばれたいと願う者は多い。
俺は月のような冴え冴えとした美貌を誇るギリウス様より、むしろエリオット様に惹かれた。空を思わせるブルートパーズの瞳が光を湛える明朗な人柄に魅せられたのだ。

腕の中にかかる体重は今のこの状況が夢ではないと知らせてくれる。
「あぁっ閣下、夢のようです」
だがやっとあと少しで自分の天幕という時になって・・・闇の中を佇む、金髪の美丈夫に俺は息を呑んだ。
「やぁ」
低いテノールの声。篝火が彼の人のアメジストの瞳を妖しく照らしていた。
「ギリウス閣下・・・」
声はどんな風に出すものだっただろうか。さっきまで酒宴の場で大勢に囲まれていたはずのギリウス閣下が、どうやって此処まで抜けてきたのか。俺の考えなど見越したようにギリウス閣下は闇の中で嫣然と笑う。
「俺のエリオットが迷惑をかけたね、後は俺が面倒を見るから君は下がれ。」
普段は『私』と言う御方がこれ見よがし『俺』と『男』を垣間見せ、それが当然のようにこちらに腕を伸ばす。これで断ったりなどしたら俺はきっと生きていないかもしれないとすら思う。そんな威圧感がギリウス閣下にはあった。
「し、失礼いたします」

そして壊れ物でも扱う様に、当然にエリオット様を受け取っってゆくギリウス様の腕の中へゆっくりとエリオット様が囲われてしまう。
「んぅ…」
まるでそうあることが定められてでも居たようにエリオット様は微かに呻くと無意識なのだろうがギリウス様の首へご自分の腕を回して抱きついている。
そのエリオット様の行動にギリウス様は今まで見たことも無いような蕩ける表情で笑うとギリウス閣下はそしてそのまま腕の中の親友であるエリオット様の額に口付けた。見せつける様にそして視線だけこちらへ向けた彼は美しく笑う。

「二度は無い。エリオットの前から消えろ。」

咽喉の奥が引き攣る程の殺気だった。そしてそのままギリウス閣下はエリオット様を抱え、闇の中へと消えていった。表の顔はいつも人当たりがよく完璧な騎士であるのに何なんだあの歪さは・・・俺は知らず詰めていた息を吐き出したのだった。





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