王太子の亡骸は速やかに王都へと帰還の運びとなり、馬車が物言わぬ王太子を連れ戦場を発った。馬車に向けて騎士たちが次々と剣を抜き放ち天に掲げる。
王に成れなかった王太子へ。
騎士団の緋色のマントが翻り、王太子を偲ぶ葬列はいっそ勇壮ですらあった。
ギリウスは指揮官としてそれを見送る。さらに傍らにいたエリオットもまた同様に幼い皇族を偲んだ。

「守ってやれなかった」

そうぽつりっと零したエリオットをギリウスは振り返る。
そして両手で友の頬をつつむと、その男らしい端正な顔を近づけ空色の瞳を覗き込んだ。
「それを言うなら私だろう」
けぶるようなエリオットの瞳が伏せられ影ができている。ギリウスが好ましく思っている空の瞳が。
「私はお前と同じだ。いやむしろランドルフが王太子殿下を弑す、その瞬間にいた私こそ断罪されるべきなのだ」
「違うっ」
やっと顔をあげギリウスの言葉を否定したエリオットは、ギリウスの言葉を強く否定した。
「お前は守ろうとしたんだろっ自分をそんな風に言うのはよせっ」

「その言葉、そのままお前に返すぞ、友よ」

ハッとするエリオットに向かってギリウスは嫣然と微笑む。そして眦に一つ親愛のキスを贈った。

「お前の瞳が晴れなければ、空が晴れようと俺には全く意味が無い」



その一報は戦後処理に騎士達が慌ただしく動いている午後にもたらされた。

「ランドルフ将軍の次男だと?」
「ハッどうやら背格好の似た者が身代わりを務めたようで、捕虜に紛れ込んでおりました。間違いないと思われます。」
報告をしに来た騎士は次いで「如何いたしますか」と指示を仰いでくる。それをギリウスは手で制し一旦考えると下がらせた。

「憐れじゃないか、ギリウス」
すると二人っきりになった天幕で先程までは黙っていたエリオットがギリウスに話しかけてくる。
彼の瞳は澄んだ空の様にギリウスを映している。
「エリオット・・・罪を考えれば家は断絶。子も死を賜わるのが妥当だ」
「親の罪は子の罪ではないだろ」
それが当然と。当たり前の様に言ったエリオットにギリウスは紫の瞳を細める。

「嗚呼・・・そうだな・・・それが許される現実があるのなら。」


一人の少年が両手を縛られ天幕の柱に繋がれていた。
少年は亡きランドルフ将軍譲りの赤髪に茶色の瞳をしている。少年を見たギリウスには一目で少年が将軍の血筋だと見通した。
少年は無感動な目をしている。それもそうだろう父を、嫡男たる兄を先の戦で喪い。今まさに自身の命すら風前の灯であるのだから。
その苦しみに絶望にギリウスは知らず薄く笑みを乗せたが、そんな少年にすぐに近付いて行ったのは友たるエリオットだった。

「将軍に似ているな、このまま汚名を雪げないのも悔しかろう・・・どうだ、もしもお前に騎士団で国に仕える気があるのならば俺がお前を後見してやるぞ」

エリオットの空の瞳は何の含みも無く少年を映したー・・・それは正義の執行者たる者の輝き。
曇りが無い。正論・・・だからこそどんな言葉よりも少年を傷つけるだろうことはギリウスには分かった。
父の死も、兄の死も、未だ呑み込めぬ者に未来を語ってもそれは絶望でしかない。

「すぐに俺の首を刎ねるがいい。」

ギリウスの読み通り、鋭く刃の様に返事をした少年にエリオットは仕方ないと言いたげに苦笑し、息を零した。
それは自分が正しいと知っているからこその姿−・・・それこそがギリウスが愛し、憎んだ親友の姿だった。
どれくらい経ったであろうか、
「エリオット様、人払いをお申し付けられていたにも関わらず申し訳ございません。首都へのルートについてご相談がございます。」
やがて部下に呼ばれエリオットは「すまん」とだけ残し、天幕から去った。

残されたのはギリウスとランドルフ将軍の次男だ。ギリウスは先程のエリオットの姿にざわつく気持ちを抑え言葉を紡いだ。

「エリオットの言葉に・・・勘違いしないでほしいんだが、君は敗残兵だ。」
ギリウスのアメジストの瞳は凍てつくように睥睨し、少年がギリウスを瞠目した目で見つめる中、なおもギリウスは言葉を紡ぐ。

「それも普通の敗残兵じゃない。王族殺しという大罪を犯した者の息子だ。勘違いするな、お前には何もないんだ。国も、親も、地位も、名誉も、家も、愛も、何一つお前の手に残ってなどいやしない。
お前が何かを選択などできやしない−・・・いいか、エリオットの手を掴もうとすることなど許しはしない。」

ガッと柱に繋がれ座り込む少年の肩を踏みぬいてギリウスはいっそ悪魔的に嗤った。

「我が友に近付くことを許しはしない。」



ギリウスがランドルフ将軍の次男の天幕から出ると、少し離れたところに部下と話し込んでいるエリオットの姿があった。
真剣に話をしている横顔。首都までのルートを練っているのだろう。

だがエリオットはすぐにギリウスに気づくと部下に断りを入れて、こちらへ向かってくる。
「ギリウス、話し合いは終わったのか」
「嗚呼。だがお前さっきのあれは何だ。いくらなんでも後見などお人好しが過ぎるぞ」
ギリウスの苦言にエリオットは快活に笑った。

「復讐に囚われるより建設的だろう?」

まるでそんなことなど気づかなかったような友の様子にギリウスはそのアメジストの瞳を細める。
(自分の親を殺した将に情けをかけられることの方が苦しいだろう…お前のそれは慈悲では無い。お前のその純粋さは悪魔のように残酷だ。エリオット。だがお前はそれには気付かない。)

ギリウスは手を伸ばした。本来なら傍らに立つことすら許されない身である自分がエリオットの紫がかった黒髪をくしゃりっと撫でる。

「お前命がいくつあっても足りないぞ」
「大丈夫さ、俺以上に心配してくれる者がいるからな」
快活に笑う。その笑みにギリウスは一瞬瞠目しつつ、仕方ないと微笑った。



皇太子殿下の死という結果であっても長く反乱状態であった国が再び一つになったことは喜ばしい。その夜は皆が陣をはった天幕の中央にて貴賎関係なく無礼講となった。

宴には「一緒に行こう」とエリオットに請われ、ギリウスは約束の時間の大分前から無防備に自分の天幕前でエリオットを待った。今は銀の鎧を脱ぎ、紫紺の上下に金糸で刺繍が施された服を着ている。
この軍の最高指揮官が無防備に立っているのはさぞかし目立つだろう。だがそれでいいのだ。それをギリウスは狙っているのたから。すると案の上、一人部下が近寄ってくる。わかっている。だからこそ此処に立っていたのだから。

時間にしてはもう直ぐ、エリオットとの約束の時間帯…丁度いいとギリウスは思った。
その部下は軍に入るには幾分小柄で栗色の髪が可愛らしい印象を与える。戦闘を主たる任務としない衛生兵かもしれない。自分の容姿に幾分自信があるのだろうが何にしてもギリウスには全く興味も無い知らない顔だった。
「私に何か用か。」
そう問うと部下は幾分の躊躇いを見せたが、軍の最高指揮官であるギリウスが一人でつかまることが本当に稀なことであるので覚悟を決めたようであった。
「あのボルヴィン閣下は今夜はお暇ですか?」
「今夜はこの後、宴に出る予定だが?」
わざと核心を逸らすが相手は臆せず言葉を紡ぐ。
「今夜は、俺にお相手を務めさせて頂きたいのです」
それは男しかいない軍では、ごく普通のことだ。命のやり取りをして高ぶった身体を互いに慰めあう。特にこうした“無礼講”が開かれる時など暗黙の了解で兵達は肉体関係を持つのだ。だがそれでも上官に自ら志願するのは余りない。しかも帝国の中枢に位置するボルヴィン侯爵家嫡男に・・・だがギリウスは自分自身をよく知っていた。自分はこうした欲にまみれた人を引き寄せるのだ、きっとそれは自分が卑しいから・・・アメジストの瞳に冷徹さをのせて睥睨しても部下はその瞳に憧れや切ない感情を浮かべギリウスを見つめる。彼の冷めきった感情にも気づかず囁く、それがギリウスには滑稽だった。独りよがりな行動で気持ちが悪いとすら思う。
「貴方様の伽を務めたいんです。」
その瞬間、横合いから怒気のまじった声が響いた。
「ギリウスに何を言っているッ!!」
ギリウスに返事をする間など与えず響いた声は聞き慣れたもので内心ギリウスはあまりのタイミングの良さに嗤い出しそうになった。狙っていたのは自分だが、そこには何時から聞いていたのか、エリオットがその端正な顔に怒りをのせてこちらへ歩むところだった。
自分と色違いの蒼と銀糸の縫い取りをされた上下に銀の剣を佩いて、エリオットは怒りのまま足音高くやってくる。友の、そのブルートパーズの瞳が怒りで煌めいている様が美しいとすら思った。

下士官は相手が誰か分かったのだろう。喘ぐようにその名を囁いた。

「っ・・・シュヴィッツフォード様」

足音も高く、ギリウスと下士官の前に立ったエリオットは目に見えて怒りを湛えている。そしてその怒りのままエリオットはギリウスと下士官の間に割って入る。普段の彼ならそんな不作法な行動などあり得ない。

「エリオット・・・お前。」

エリオットの背に庇われながら少し驚いてギリウスが声をかけるのとエリオットが下士官に再び声を荒げるのはほぼ同時だった。

「貴様ッ上官に向かって何を言っているのかわかっているのかっ!!!」
「ひっ俺はただ」

エリオットの肩越しに怯えた表情でギリウスに助けを求める様な媚びた視線を見せる下士官に、ギリウスは肌で親友の怒りが膨れ上がるのを感じる。

「今お前と話しているのは俺だっ!」
「ヒッ存じてます」

埒が明かないとでも思ったのだろう、エリオットは振り返ってギリウスに真正面から向き直る。

「ギリウスッ、こんな奴の言うことを聞くこと無い」

そして肩を掴んでギリウスをこの場から連れ去ろうとするエリオットにギリウスは溜め息を零した。すると途端にハッと不安そうに見上げる親友に腕を伸ばすと抱きしめその耳元で囁いた。

「俺はさっきから何も言ってないぞ、お前ちょっと俺の天幕で落ち着け」

その一言でギリウスが下士官の誘いに乗る気が無かったことをエリオットは察して肩の力を抜く。そしてギリウスはエリオットを自身の天幕に招きながら嫣然と嗤い下士官に向き直った。

「去れ、この不敬は不問にしてやる」

声音はいっそ優しく、だが凍りつきそうな闇を抱えたアメジストの瞳だった。決してエリオットに向けたことのない目の色で。それを見た下士官は声も無く直ぐにその場を後にしたのだった。

天幕に入るやいなやエリオットがギリウスに詰め寄ってくる。エリオットの方がギリウスよりも幾分小さいので見上げてくるブルートパーズの瞳が星のように鮮烈だとすらギリウスは思った。

「さっきの下士官は何なんだっ知り合いか!?」
「知らないさ」

これは本当の事だ。だがわざどギリウスが困ったように溜息をついてみせるとエリオットは途端に気まずそうに顔を逸らす。

「エリオット、男同士の軍だ。こういうことはあるだろう?お前らしくも無い。可哀相じゃないか。」
(心にもない。お前が来るタイミングを狙って、お前があの様子を見ることを謀った。あんな下士官などただの石くれだ、どうでもいい。)

エリオットをわざとなじって見せせば、エリオットはその意志の強そうな唇をキュッと噛みしめて拳を握り激情に堪えているようだった。
艶やかな紫がかった黒髪がエリオットの額に影を落とすその姿にギリウスはたまらなくなる。今エリオットの頭の中は間違いなくギリウスの事だけで占められている。

「・・・なんで分かってくれないんだ」
「何をだ」
きっとエリオットの中でもその気持ちを言葉に出来ないのだろう。キッと顔を上げたエリオットの瞳には感情の波が溢れていた。
(エリオットお前は今、何に憤っている。義憤か?心配か?だがその怒りこそ俺へのお前の執着となる。もっと堕ちてこい。俺の腕の中に堕ちてこい。)

「エリオット?」

そのためならば気付かないふりをしてやる。何も知らないふりをしてエリオットの頬を撫ぜればエリオットは俺の手を握って自分から顔を擦りつけてくる。
ブルートパーズの瞳が絶えず俺を映している。嗚呼いじらしく純粋な友よ。

「馬鹿野郎」

だがそこでしおれるような人間でもなく。エリオットはそう呟くとギリウスの天幕から足音高く出ていったのだった。



ギリウス・ボルヴィン。
大陸に覇を唱える帝国において王室に次ぐ権力を持つ二大侯爵家の嫡男にして俺の幼馴染殿。剣も学問も、その人当たりの良さも何もかも一流な俺の親友殿。
幼い時から俺は彼に憧れて、出会った時からくっ付いて回って、喧嘩のようなことをしたのは余りない。
だから今、この宴の場において人目もある中、俺はその人当たりの良さを発揮して部下に囲まれているギリウスの側に行けないでいる。

俺達が側にいないのが珍しいらしく俺の周りにも部下たちが来て次々と酒を注いでいくが正直自分でもうわの空でずっとギリウスを目で追ってしまう。
金色の髪がキラキラと篝火に照らされて夜空の下で朱金に輝いて、あの柔らかいアメジストの瞳が見つめられて、低いテノールの声に囁かれれば男でもあの魅力にまいってしまうしまうのは分からなくもない。それはずっとギリウスの側にいた俺だからこそよくわかる。
彼の側にいると・・・なんだか訳も無く彼の話す言葉や仕草や表情が大切で。ギリウスが大切で。自分の気持ちが変に騒ぐのだ。けど、くそっあんなことがあったのにギリウスはあの秀麗な顔におくびにも出さず周りの人間と楽しそうに酒を飲んでいるのが悔しい。
俺だけがギリウスの周りに彼を欲望の目で見ている男がいることを気にしている。ギリウスにとってはどうでもいいことで、俺がギリウスを心配して心にかけていることはギリウスにとってはどうでもいいことなのだと突きつけられて。悔しくて悲しくて寂しくて俺は注がれた酒を飲み干した。ギリウスにとっては俺の目の前で男に誘われたことなんて何てことは無いんだ。もしかしたら俺が知らないだけで沢山誘われて、それこそ抱いたこともあったのかもしれない。そう思うと胸の中が痛くて注がれた酒をまた飲み干す。勿論彼は士官学校時代から大層もてた女性の方が彼を放って置かない。そこで俺はまた酒を飲み干す。そりゃあそうだ。俺だって、俺だってボルヴィン家と並び称される二大侯爵家・シュヴィッツフォード家の嫡男でなければとぼんやり思ったことだってあるのだ。責任がないただのエリオットだったらと。そこで俺はまた注がれた酒を飲み干す。でもそれは考えても仕方が無いことだ。俺は侯爵家嫡男で、ギリウスも同じ侯爵家嫡男。並ぶもののいない身分なのだから。

そこで俺はまた酒を飲み干そうとして、隣にいた紅眼赤髪の部下が俺の耳元で囁いた。
「エリオット様、随分飲んでおられますね」
「はぁっ悪いのかぁっ」
俺はそれにムッとするなんで注意されなきゃいけなんだ。俺は腹が立っているんだ。
「今日はぶれぃこぅだぞ」
「はぁ知っていますよ」
部下は困ったように笑って、俺の杯にまたお酒を注ぐ。
「なんだわかってるじゃないか」
そしてまた俺は酒を飲み干す。少しクラッとした。
「フゥ」
息を吐いてくらくらする頭を抑えれば杯を持ったままだったので少し酒が太腿にかかる。
「ああお召し物が汚れてしまいますよ」
その部下が俺の手から杯を奪い、自分の懐から出したハンカチで俺の太腿を拭ってくれる。
「わるい」
そのままされるがままジッとしていると、そいつは俺にグッと顔を近づけてきた。俺より身長が高いから見上げるようになってしまうが篝火に煌めいて目の奥に炎が見えた気がした。
「エリオット様、今夜俺と寝てくれませんか?」
「ねる?」
囁くように言われたけど寝るってなんだ、皆寝るものだろう俺も実はもう眠い。
「ええそう俺と」
するっと太腿を大きな手で撫でられる。
部下の瞳が、炎の光に揺らめいて綺麗だと思う。よくわからない。
「俺はもうねむい」
「ッそうですか・・・天幕までお連れします」
「んっ許す」
そっと背に腕が回されて、ふわりっと抱き上げられる。その浮遊感に任せる様に俺は瞼を閉じた。眠い。





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