反乱

『与えられ箱庭の世界で幸福であった者たちへ。
 奪われた者が今度は奪う番である。』
 〜ギリウス・ボルヴィン〜



滝のような雨が降っていた。踏み出した一歩先すら見えなくなるような雨。
だが辺りは木々が鬱蒼とおいしげり雨を幾許か遮ることで、木の下を拠り所とした人間をいくらか豪雨の飛沫から守っていた。葉に打ちつける雨音がまるで戦場で打ち鳴らされる太鼓のようであり、だがその意は等しく同じである。

―・・・なぜなら木の下にいた男たちは今まさに戦場へと向かうのだから。



やがて雨の中から斥候の兵士が一人現れ、軍の先頭にいる男に膝をついた。
「報告しますっ敵は谷底にて陣を構えている模様っ」
その報告を受けた男は馬上にて「ご苦労」とだけ返すと雨で額に張り付いていた髪を右手で払う。すると男の隣りにいた騎士が馬を寄せて声をかけてきた。
「我らが嵐の中、出陣してる事も知らず暢気なものだな、ギリウス」
「そういうなエリオット」
声は互いに若い。ギリウスと呼ばれた騎士も、エリオットと呼ばれた騎士も年の頃は20代半ばであろう。
ギリウスは小麦を思わせる豊かな金の髪に怜悧な紫電(アメジスト)の瞳。エリオットは紫がかった夜空のような黒髪に、透きとおる空のような蒼(ブルートパーズ)の瞳を持った青年だった。
そしてエリオットはその空(ブルートパーズ)のような瞳を細めてギリウスの肩に自身の手を置く。
「それで我らがギリウス閣下はどうなさるんだ?」
揶揄からかうような声音のそれにフッと零れたような笑顔を乗せてギリウスはその紫電(アメジスト)の瞳をひたりと谷底への向けた。
「討って出る」
それは咽喉先に剣(つるぎ)を突きつける様な鋭さをもって放たれた言葉だった。それにエリオットは笑う。空の様な澄んだ瞳をギリウスへ向け、次いで後ろへ控えた部下たちへ。

「出撃っ!!!!」

咆哮が森に轟き、やがてそれは大きなうねりとなって谷底まで響いたのだ。



それに先に気付いたのは誰だったであろう。何しろこれは”負けるはずのない戦”であったのだから。だから自分たちが攻められるはずもないのだ。
無い筈であるのに、雨音にも負けぬこの軍馬の音は何なのか。

「敵襲ーーー!!!敵襲ーーー!!!!!」

そう叫んだのは誰であったか。だか叫ぶ間もなく、走り抜けた軍馬の馬上から閃いた剣によって絶命されている。その恐慌の中で次々と将が打ち取られている叫びが彼方此方あちこちから聞こえた。
「なんだっ何が起きているッこちらには殿下がっ皇太子殿下がおわすのだぞっ!!!!」
この軍の将であるランドルフは有り得ない事態に叫ぶ。何故こんなことになっているのか、有り得ない。有り得るはずがない。
なぜなら皇太子を抱える自分たちこそ”皇軍”なのであるから。
「どういうことなのだっ余がいるのにっ何が起こっているのだ?なぁランドルフ」
まだ幼い皇太子はその身を震わせて目を見開いている、するとその天幕は無残に切り捨てられた。雷光がその隙間から瞬く。
否、それは雨に濡れるギリウス・ボルヴィンの金髪だったのかもしれない。
「お久しぶりです、ランドルフ将軍閣下?」
ギリウスはその紫電(アメジスト)の瞳を細める。
「ボルヴィン家の小倅がっ!!!この私を何だと思っているっ!!!」
鞘を滑る音と共に抜き放たれた剣とランドルフ将軍の言葉に馬上からギリウスは艶やかに笑って見せた。

「知っているさ、愚かにも皇太子殿下を弑(しい)し奉(たてまつ)った逆賊め」

言葉が言葉としてランドルフ将軍には理解できなかった。
「・・・何を何を言っている」
一瞬だった。いっそ悪魔的に美しく、ギリウスが馬上から放った短剣は幼い皇太子の胸を突き刺した。それはこの国一の騎士と誉高い一閃であり。将軍と言えど老いさらばえたランドルフには反応すらできなかった。
「かっはっ・・・ギリッゥ・・・」
幼いいといけない手が自分の吐いた血に触れる。そしてすぐにその手はガクリッと力を失くし倒れ伏す。
「殿下ーーー!!!!」
その瞬間を待たず、ランドルフは王太子の体を支えるがとても助かるものでは無いと分かっていた。
その間も美しい姿をした悪魔は囁き続ける。
「貴方は愚かにも皇太子殿下を錦の御旗としたが、劣勢と見るや殿下を弑し私に命乞いをした」
「何を、なにをいっているのだ貴様ああああぁぁぁぁ!!!!」
憎しみをもって振り上げたランドルフの剣はだがギリウスには届かなかった。

「愚かにも私に反旗を翻したこと、その死をもって贖うがいい」

ザシュッッッ−・・・鋭い一閃で胸を突かれたランドルフは信じられないものでも見たかのように目を見開いた。
「ガハッ・・・まさか・・・これほどとは・・・・」
次いで夥しい鮮血がランドルフの口から溢れ、倒れた。



「ギリウスッ!!!ギリウスッッどこだっ!!!」

土砂降りの雨の中、すぐに戦闘は乱戦へと変化した。だがそれも一方的な蹂躙戦だった。もう相手方にこの戦場を指揮するだけの士気もなければ将も居ないことを肌で感じ、エリオットは馬上で詰めていた息を吐き出す。だがエリオットはギリウスを見失っていた。
この国一の騎士と名高い親友がおいそれと敵の刃にかかることは無いと分かってはいるが何が起こるかわからないのが戦場である。
自身に切りかかってきた兵を切り捨てつつ、その刃が親友であり、この軍の将であるギリウスに向けられた物であったならと焦燥で身が焦がれそうになる。
「ギリウスッ!おいっ!!返事をしろっ!!」
衣が雨を吸い込み体に纏わりつく、エリオットは馬首をめぐらし、、
「エリオット・・・」
ともすれば雨音に消されそうな呼び声をエリオットの耳は確実に拾った。
彼が目を向ければ、そこにはランドルフ将軍に”連れ去られた皇太子”を腕に抱いた親友の姿が目に飛び込んできた。
濡れそぼった親友の金髪が俯いた顔にかかり表情もうまく窺えない。

「ギリウス・・・お前・・・」

エリオットは一目で皇太子はもはや永遠に目が覚めることは無いのだと分かった。
力が全く入っていない幼い躰。胸にはランドルフ家が使う家紋の掘られた短剣。何が起こったのかそれだけで明晰なエリオットの頭脳は全てを察していた。
「ランドルフが・・・皇太子殿下をっ」
その紡がれた言葉にエリオットは親友を見失った己を深く後悔した。自分がいればこの苦しみを重荷を親友だけに抱えさせたりはしなかったのに。
「お前が悪いわけじゃないっ」
きっと目の前の親友は全力で守ろうとしたのだろう。
だが敵の懐深くにおわした皇太子を守ることなどいかにギリウスにでも難しかっただろうと想像に難くない。
元より皇后・・陛下からも皇太子は敵の傀儡となっている身。生死は問わないとおっしゃっておられたがエリオットとギリウスは何とか助けてやりたかった。
「大丈夫だ俺が守ってやるっエリオット・シュヴィッツフォードが約束するっ」
そして何より皇太子殿下を助けられなかったことは見越されていたとしても、現実にそのような事態が起こればギリウスを引きずりおろそうとする輩が動くのは目に見えていた。

エリオットはその全てを含めて親友に言葉をかけると、その言葉にギリウスはエリオットをみて、微かに笑った。

「お前の約束ならば、それは万の兵にも勝るだろうよ」

その笑みにエリオットも笑って見せる。

「嗚呼、ああそうだ。それこそお前だ。親友殿・・・」

そしてなおもエリオットは言葉を紡ぐ。

「お前には俺がいるのだから存分に振るえ。俺はお前の剣だ。」

その言葉にギリウスは笑みを深めた。
そして気持ちを振り払うかのように自身の剣を抜き放ち、勝鬨をあげた。

「指揮官は討った!死にたくない者は投降しろ!!」

いつの間にかやっと小降りとなっていた雨と共に太陽が昇る。惨劇の夜を照らし光が溢れる。光を浴び泥に汚れながら剣を掲げるギリウスは、まるで一枚の宗教画のようであり。見る者を圧倒させ跪かせる力を秘めているようだった。


陽の中で笑う者に、影で泣く者の姿は見えはしない。
嗚呼、エリオット。お前はなんて愛おしく、憎らしいのかー・・・




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