2014/12/25/7:42

「あれ、まじで寝てるかもな」

ちらりっと見た腕時計は7:42をさしている急いで起こしてやらないと、そう思う。
人の気配がなく静まり返った室内。完全に起きてない。そう思って玄関で俺が靴を脱ごうとした時・・・気付いた。
「なんで俺の靴しか出てないんだ」
不思議だ。いつもなら勇がよく履く運動靴と革靴が置いてあるんだけど、今は俺の運動靴だけが端っこに置いてある。
けど彼はそのまま靴を脱いで壁に備え付けられている電気のスイッチをカチッと押しながら部屋に入った。
「ゆうー朝だぞー」
やはり誰も居ない。
そこで電灯に照らされた部屋の中。大分、物が減ってるような気がしたが、年末に向けて断捨理をするって勇が言ってたと思いだした。
「ゆうーおい、どこにいる?」
俺はまず右手の部屋のドアをノックする。ここに寝てる筈だ。
「おい、勇。もう朝だぞ、お前は今日は仕事だろ」
部屋の中から返事は無い。そればかりが人が動いている様な気配も無い。
「起きろって、入るぞ」
ガチャリッとドアノブを回して、ここ数か月は入らなくなった部屋に踏み入った途端・・・俺は愕然とした。


何も無かったのだ。


窓から射しこむ太陽の明かりが薄明るく部屋を照らしている。
俺が踏み入った部屋には誰も居ないし、物も一切置かれていない。まるで此処には誰も居なかったというように。
「・・・ゆう?」
ドクンッと心臓が脈打った気がした、血の気がサァアアアッと引くのがわかった。
「ゆう?おい勇なんだよこれ、なんだよこれっ」
思わず部屋に踏み入ってぐるりっと部屋を見渡すが、それで何かが出てくる筈も無し。彰人は部屋から出てリビングへ向かった。

リビングに置かれたテレビ、本棚、テーブル・・・その上に一枚の紙が置いてあるのが目に飛び込んでくる。
直感で何かが書かれているのが分かって、手に取ると。

”ありがとう、さようなら”

グシャリッと思わず手の中で握りつぶして床に叩きつける。

「ふざけるなっっ!!!!なんだよこれっ!!!!!!」
それがその一枚の紙切れが勇の最後の挨拶で、二人の終わりの手紙なのだと彰人は正確に理解していた。伊達に大人になっていない。
「なんでだ、なんで急にこんなことになったんだよっ」
そう口では言いながら、彰人の頭の中は高速で回り続けて何となくは分かっていた。



小学校の時から側にいた、勇とキスをしたのは中学生になった時だった。
女の子も身近にいたのに、俺と勇のファーストキスの相手はお互いだった。
それが嫌じゃなかったし、面倒くさい女よりよっぽど勇のが良いと俺は思ってた。
でも若さゆえの性欲は段々と歯止めが効かなくなる。
ファーストキスもセカンドもサードも、何もかも俺たちは互いに奪い合った。
滾った欲望の証をすきあってキスして舌を絡ませて・・・健全じゃない付き合いをしていた。

俺は別に勇の事が好きって訳じゃない。
ただ居心地がいい相手・・・それだけだった。

セックスをしたのは高校生の時だった。勇の中に突き入れて勇を女みたいに扱って支配する感覚は俺を虜にした。
だって勇は男だし、女より強い存在で勇の事を俺は認めていた分、そんな男を俺のものにするのは酷く気持ちが良かった。
何度も何度も抱いて、勇も段々と俺との行為に慣れていった。

そこらへんからだ・・・おれが勇のことを、おざなりに扱いだしたのは。

肉体関係における優位は、そのまま普段の友人関係の優位を意味していた。
約束に遅れる、ドタキャンする、他の人とのことを優先するなんてことは沢山あった。
けど勇は俺から離れなくて、それがより一層、幼い俺の我儘を助長させたのだ。
あっ俺がこういう態度でも勇は俺から離れないんだと分かれば俺はそれに胡坐をかいたのだ。

そんなおざなりに俺に扱われながらも「大学に行って同棲しようか」って、ある時、俺が切り出した時、勇は嬉しそうに零れんばかりの笑顔で頷いた。
けど俺が思ったのは、あー家事してくれる奴が居てよかった。

その頃にはもう、修復不可能な位、俺は勇を幼馴染ではあるが俺より下のセフレの位置で見ていた。
男っていうのはそういうものだ、一度体を手に入れたら途端に手に入れたものは価値を見いだせなくなってくる。
勇が女だったら、ただ別れて終わりだっただろうが、勇は男だった。
しつこくもないし、居心地は良いし、俺の好みも分かってて趣味もあう・・・だから俺は勇と同居したのだ。
我ながら最低だと思うが、俺じゃない別の奴でもそうしたと思う。

俺に彼女が出来ても泣きそうな顔で俺に抱かれる勇。
可哀相な奴。

そうやって見下してきて、やがて就職して俺は本命の女の子が出来た。
彼女と出逢って勇との肉体関係はスッパリ切って、クリスマスも彼女とデートをして楽しく過ごした。
その前に勇が「クリスマス・イヴ 時間欲しい」って言ってきたが、正直、何様だって言う話だった。
俺に勇はもういらないんだ。

そう思っていたのに・・・俺は突然突きつけられた別れに正直、生まれて初めてというぐらい動揺していた。

時計は7:44をさしている。
あれから2分しか経っていないのに・・・永遠とも思える様な苦しみが俺を襲っていた。

何も無い空っぽの部屋に、寒い冷え切った部屋に一人残っている俺。
さっきまで一緒にいた後輩の彼女とのことで浮かれてた筈の俺の頭は”そんなことはどうでもいい”という”結果”を出している。
「ゆう」
この状況で、彼女の事は優先事項からは削除された。
それっぽっちの”女”なんだと、頭の隅でシビアに考えている自分がいる。
それでいて考えれば考えるほどに思い出すのは勇の事だ。
黒髪でちょっと痩せた体型で俺を受け入れるのにはキツイだろうに俺に抱かれてた勇。
性格はサバサバしてて、俺が相手じゃなきゃこんな泥沼な関係など続けていないだろう勇。
家事も率先してやってくれて、俺の好きな料理の味付けをしてくれて居心地が良かった・・・俺の幼馴染。
俺だけが勇を抱いて、勇の世界は俺で満たされている・・・それが終わった。
「くそっなんだよこれ」
でもそれが余りに衝撃過ぎて心がついていかない、さっきっから悪態をつくばかりだ。
なんだよこれ、なんだよこれ・・・心が追い付かない。
でも確かに分かっているのは、このままアッサリ終わらせたくないってことだった。

「・・・今日は勇は出勤だったよな」
そう呟くと、俺はゆっくりと立ち上がり。
知らず零していた涙と鼻を拭うためにテーブルの上に置いてあったティッシュで鼻をかむ、幾分スッキリした。
そして帰った時の格好のまま、そのまま玄関へと取って返す。
会って話し合わなきゃなにも始まらない、そしてこのまま終わらせたりはしないという気持ちだけがシッカリと心に灯っていた。
さっきまで萎れていた精神じゃないみたいで、我ながら笑える。

バタンッ

音を立ててドアが閉まる。
俺がしている腕時計はちょうど7:52をさしていた。






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