2015/1/5

2014/12/25 7:56 都内ビジネスホテル

Pi Pi Pi Pi

無機質な電子音が着信を伝えている。
それを眺めながら浅田は「気付くの早いっすね、鈴木先輩」と呟いた。
鳴っているのは浅田の携帯では無い、寝入っている檜垣 勇のものだ・・・今は濃い疲労の為か携帯に気付くことなく寝入っている。
それに少し微笑みつつ。相手がいったん着信をとめた段階で浅田は勝手に檜垣の携帯を手にとってマナーモードにした。
そしてその携帯をそのまま自分のポケットに入れてしまう。
(鈴木先輩はタイミングが悪いと言うかなんというか・・・)
残念な人だなって思う。
仲間を大事にするし仕事も早い、けどこうやって幼馴染を大事にできないんなら、そこまでの人だって見きってしまうのは仕方ないだろう。
浅田は傷ついて疲れて眠ってる長い付き合いの檜垣を起こす気には到底なれなかった。

***

2014/12/25 9:13

そのフロアに居る筈もない人物を見つけて、営業一課の篠崎英治は顔をあげて、その人物に声をかけた。
「おい鈴木、お前今日は休みだったろ何か問題が起こったのか?」
息を切らしてスーツも乱している鈴木は上司の篠崎から見ても普段とは様子が違う。
だからそう声をかけたのだが彼はキョロキョロと周囲を見渡したかと思うと足早に篠崎の前に来てこう言った。
「すいません、檜垣は何処に居ますか?」
「檜垣?」
篠崎の頭の中にもう一人の部下の姿が浮かぶ。
「いや、アイツは体調不良で倒れたらしくて今日は休みだぞ?」
「・・・そうですか」
「アイツがどうかしたのか?」
明らかに篠崎の言葉に鈴木は言葉を詰まらせた。
「・・・いえ、なんでもありません」
「そうか」
篠崎もあえて何も聞かなかった。だがそのかわり鈴木のデスクを指し示す。
訝しげな部下に篠崎は社会人たる笑顔を浮かべて見せた。

「休日出勤ご苦労だったな、というわけで戦力が欠けている会社の為に働いていけ」
目の前の部下は少し引き攣ったように笑って「俺、昨夜からあんま寝てないんですけど」と言ったので、
篠崎は「なに遠慮するな」と付け加えて畳み掛けるように笑って見せた。

そして渋々、鈴木がタイムカードを押しに行く・・・カードにはハッキリと2014/12/25 9:17と印字されていた。

***

2014/12/25 11:24

意識が浮上してくる感覚に俺はウンッと呻いた。目を開ければ直ぐに横から「おはようございます」という声がして覚醒へと引っ張られる。

灰のシャツと黒のカーディガンを着て、黒のジーンズを履いた後輩がマグカップに珈琲をいれてさし出してくる。
出来た奴だなぁとボンヤリと思いながら、そういや仕事もよくできたなぁととりとめないことを考えていた。
すると浅田が「これからどうするんです」と聞いてきたので俺はそのまま顔をあげて答えた。
「いくとこない」
そう言うと、真面目な後輩は一つ瞬きをして、
「俺のとこ泊まりますか?」
と言った。
「泊まる」
「わかりました」
打てば響くように真面目に受け答えする浅田は大学時代のサークルの後輩。俺と彰人とも面識がある。本当にこれ以上の人選は無いと思った。
「なぜ急に同居解消したのか聞いても?」
「・・・性格の不一致っていうやつだ。」
「はぁ」
と生返事をしたが、浅田はなんとも理解しがたいという顔をしている。
「学生の時は喧嘩しても、すぐに仲直りしてたじゃないですか・・・社会人になったら色々とあるんですかね」
「まぁそんな感じだ」
とだけ言って、俺は珈琲を一口啜る。

そして「美味いな」とだけ言えば、浅田は、「味が分かれば大丈夫ですね」と言って静かに笑った。
***
2014/12/25 12:43 浅田宅

「チャーハン食べますか、残ってるゴハンで作るんで」
「おー食うわ」
あの後、浅田の家に来て、ごろりっとソファーに座りながら俺は漫然とTVを見ていた。流れてくる昼の番組はみなどれも似通っていてつまらないけど、音が何もないよりはいい。何も考えなくても良い。ただ流れてくる情報を俺は眺めてればいいんだから。
やがて香ばしい匂いと何かが焼けるような音がして視線を浅田に向ければ狭いキッチンでフライパンの中のチャーハンを掻き混ぜてる姿が目に飛び込んできた。
そういえば俺と彰人は家事は主に俺がしていてこんな風に誰かにご飯を作ってもらうのが久々な事に気が付く。そんな優しい時間になんでか涙がぶわっと溢れてきた。
「腹減ってるからですよ」
そしてどれぐらい時間が経ったのか、実際は数分だろうが、目の前にコトッとチャーハンが山盛りに盛られた皿が置かれた。浅田が俺の不細工な酷い顔を覗き込んでいる。
「これ食ってお腹一杯になったら少しは落ち着きますよ」
そして促すように浅田は持ってきていたスプーンでチャーハンをすくって俺の口にかざす。
「どうぞ」
「それキモいんだけど」
恥ずかしくて悪態をつくと浅田は社会人っぽい上っ面の笑顔を見せた。
「じゃあ泣くの止めましょうね、いい大人なんですから」
「うるせぇよ」
有無を言わせない浅田に口を開けてチャーハンを飲み込む、あたたかい食べ物と素朴な味は俺が好きな物だ。浅田はまるで俺の感想を待つかのようにジッと見詰めてくるので俺は「ニンニクききすぎ」とだけ言うと軽く引っぱたかれた。

*************
2014/12/25 21:32

「お湯ありがとな」
浅田のお風呂を借りて入る。パジャマは浅田のを借りて下着はコンビニで買った。正直、後輩に世話になりっぱなしで良いのかとも思うが浅田は「いいですよ」とベッドの上で小説を読みながら答えてくるふてぶてしさなので、感謝の念がどこかに吹き飛んだ。
「もう寝ますか?」
顔をあげて、そう尋ねてくる。
「ああ」
「もし辛いんなら、添い寝してあげますよ」
そして冗談で軽口をたたいた後輩の頭に教育的指導をしてバシッと叩く。
「イテッ」
強く叩かないで下さいよ、とぶつぶつ言ってるがチャーハンをけなした時に俺の頭をわりと強く叩いたコイツには言われたくない。けど浅田は不意に笑顔をひっこめると俺の目を覗き込んで、
「ちょっとは元気出ました?」
そんな風に真剣に言うから、

「ぜんぜん全くこれっぽっちも元気でねぇ」
と顔を逸らして言った。ハッキリ言ってこんなの甘えだ。けれど浅田はそれがわかってるとでもいうようにくしゃりっと頭を撫でた。
「おい、お前のが後輩なんだからな」
「社会人での一年なんてあんま変わりませんよ」
「うるせぇ」
わざと突っかかっても浅田はそれを流してくれる。
「はいはい俺が後輩ですよ、貴方のね。今度こそ寝ましょう」
「お前が余計な事言うからだろ」
よく寝れそうとは言えなかった。
「そういうことにしといてあげますから、お休みなさい。」
「うん」
おやすみと誰かに言って眠れる今がすごく有難いと思えた。
独りにしないでいてくれた世話焼きな後輩の存在が有難かった。
その日は浅田のベッドで男二人むさくるしく寝た。

**************

2014/12/26 7:04

朝起きたら縮こまって寝たせいで体のあちこちが痛かった。でも気持は少し浮上している。
「いいんですか?」
浅田が俺だけでも良いんですけどとスーツ姿で聞いてくるのを俺はカラと笑って返事した。上辺でも笑えた。
「当たり前だろ、仕事は待ってくれないんだからな」


2014/12/26 9:16

そして今、浅田の家を出た時には想像もしなかった修羅場が俺の前に広がっていた。

浅田と二人並んで出社したとき会社のロビーで何故かすぐに彰人が俺に駆け寄ってきたのだ、
「勇っお前どこいってたんだっ」
さも心配してたんだぞっていう顔をして、何でもないように俺に近付いてくる彰人に俺は”絶望した”。
俺が苦しんで出した別れも手紙も何もかも彰人の中に響いてないことが、俺の狂おしさが無かったことにされたことが俺の存在そのものの否定だとすら思えた。
「ふざけんなっっ!!!」
だが瞬間感じた絶望は彰人が浅田に殴られたことで意識が引き上げられた。
人が殴られる鈍い音に顔を上げれば浅田が見たことも無い冷たい顔をして倒れた彰人を見下ろしている。
「俺も人並みに付き合ったりしたことあるんで分かるんですよっ人と付き合うって、一方通行じゃない!!」
かつてこんなに怒りに身を任せている浅田を見たことなんて無い。ハァハァと肩をいからせて・・・だが今の自分の姿に気付いたのだろう。気まずそうに俺を振り返った。
「・・・後輩としては一発ぐらい仇とんなきゃでしょ?」
そして浅田は俺を振り返ってニッと笑って見せた。
「浅田・・・」
有難うという気持ちが素直に湧いてきた。良かった。俺一人じゃなくて本当に良かったとそう思った時、

「そうだな、だが浅田。公共の場所での暴行の理由をもっと詳しく聞かせてくれるか?」
落ち着いた声がロビーに響いて、顔を階段の方へ向けると丁度、俺達の上司である篠崎さんがゆるりと微笑んで佇んでいた。逆にその笑顔が怖すぎた。

**********
2014/12/26 8:23

営業一課の篠崎英治。俺と彰人と浅田の直属の上司で。相談にものってくれる良い人だ。だけれど今は篠崎さんも厳しい顔で俺達を見下ろしている。
「社内で暴力行為を働くとは、どういう量見だ」
「申し訳ありませんでした」
これは浅田が謝るほかない。社会人としてあるまじき行為なのは分かりきっている。
そして浅田さんは溜め息をつくと、今度は彰人に尋ねた。
「さっき警察に届けないってことだったが、それでいいんだな?」
「はい」
正直、警察に行ったら逮捕される案件だから。これには彰人に感謝するしかない。俺の所為で浅田の経歴に傷が付くなんて耐えられそうにもない。
「だが三人とも、恋愛でのことで暴力行為というのは醜聞も醜聞だ。減給といった処分も考えておくように」
「はい」
「檜垣以外は下がっていいぞ」
そして篠崎さんは二人っきりになると「大丈夫か」と聞いてきた。「はい」とだけ言うと
「今回の事は会社の中で噂になるだろうが潰れんな」
といって俺の頭にとんっと手を置いた。

「男でも女でも、長く付き合ってきた奴を大切にできない奴は社会人の前に人間として信頼されないもんだ」

**********
2015/1/05 社内の掲示板に人事異動の通知書が張り出されていた。

 鈴木彰人
本社 営業一課より名古屋支社 総務課への転属を命じる。

その人事異動通知書を見上げて浅田は俺に尋ねてきた。
「良かったんですか」
「なにがだよ」
「別に、先輩がいいって言うんなら俺は何も言いませんがね。」
こういう別れもあっていいと思っている。そう思えた自分に良かったと思った。

「よぅこんなとこにいたのか、メシ食いに行くぞ。」
「篠崎さん」
「浅田お前はさっき営業先から電話来てたからすぐにもどれ」
「・・・そういうことですか」
「なにがだ」
「いいえ・・・失礼ながら部長、俺のが期間は長いですからね。」
「君が何を言っているのか俺には全くわからんから、さっさと仕事に戻れ」

フゥッとため息をついて。浅田がまたといって離れていく背に「またな」と声をかければ「今度飲みましょうね」という言葉が返ってきた。
それに俺は「ああ」と返事をして歩き出す。彰人にはあれから社内でばったり会ったけど、すれ違いざまに「悪かった」とだけ言われた。
その一言で俺はこの恋の終わりを確信した。
すれ違いざまの一言。恋の終わり何てこんなものなのかもしれない。

小学生からの付き合いだった。
恋をしていた。でも自分がすり減る様な恋だった。俺が俺でいられない、そんな悲しい想いばかりしていた。

だから俺は俺をもっと大事にしたくて、彼の手を離したのだ・・・この一歩がきっと俺の先へ進むはじまりだと信じてる。
この恋の転機の結末から始まりが広がってると。

「おい檜垣、何くいたい?」
「篠崎さんの好きな物で良いですよ」
とりあえずこんな日常が続けばいい。それで俺は前へ進める。

〜完〜




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -