だが瞬間、黒琥″の背中に回されていた惣一の手に力が入れられたかと思うと…次の瞬間、黒琥″に叩きつけられたのは強烈な足払いと投げ技だった。
それに防ぐ間もなく黒琥″はダダンッという音と共に板張りの床に叩きつけられる。
「ガァッ」
短く叫んだ黒琥″だったが、ボゥッと彼の顔が醜くゆがみ、
「…ツゥッ、マジか…これに耐えるってどんな精神力してるんだよ」と呻く。
どうやら強かに腰を打ち付けて効いているようで、そのダメージゆえか姿も黒琥″ではなく松田″へと変化していた。

その相手の苦痛に歪んだ顔を見下ろし、距離を取りながら惣一は凄絶に笑った。
月明かりを受けながら彼の漆黒の瞳が光り、その中には覆い隠せぬ殺気が渦巻いている。

「わざわざ痛めつけやすいように俺の間合いに入ったのか?ご苦労なことだな」
容赦など一切なく、惣一は投げ飛ばした松田″を睥睨する。
すると松田″はニィッと口を三日月の形にしながら嘲るように楽しそうに眼を細めて嗤った。

「よく弟を殴れましたね?」
相手を傷つけようとする意図を込めた言葉に、だが惣一はぶれることなど無かった。

「お前は黒琥じゃない」

迷いなく、間髪なく言い返された言葉、それに闇の中で松田″の形をしたモノは嗤う。

「ははっ素晴らしいですねぇ」

そして彼はサッと懐に手を入れると、身構えている惣一を尻目に、懐から取り出した拳銃を自身のこめかみに押し付けた。松田″の瞳と銃身が暗闇の中、鈍く光る。
両膝をつきながらも決して惣一に屈していないことを、その怪しい光が示している。

「…何をしている」

銃を向けられるのは自分ではないのかと疑問から出た言葉だった。
きっと何がしかの目的があって動いている松田″の行動が読めずに惣一は不快げに眉を寄せる。
松田″はそして核心に触れる様に言葉を吐き出し続ける。

「ボクは確かに松田″じゃありませんが、この体は間違いなく貴方のよく知る松田のモノです。」

その言葉に惣一は僅かに瞬きしただけだった。
腹のうちを掻きまわされないよう正確に相手の考えを見極めるように見詰める。
すると松田″は目を細め、ゴリッとこめかみを銃先で抉りながら言った。

「この男の命が惜しければ、言うことを聞いて下さい」

首をかしげ、乞うように無邪気に微笑みながら、銃身でこめかみを抉る男は人ではないモノのように惣一には映る。こんな得体の知れないモノは彼の知る松田ではない。
…ただこんな状況の中でハッキリと分かっているのは松田″の命が人質になっているということだ。

「ふざけるな暴発するかもしれないんだぞ、すぐにそれを下ろしやがれ」

甘いと、言われるだろうと心の中で惣一は自身を貶めながら。
部下一人の命を握られ、切り捨てることは…だが惣一には出来なかった。
目の前の男が松田であろう筈はないと理性で考える反面、彼の勘がこの松田″が言ってることは本当だと感じている。

そして松田″の形をした化け物は、口を三日月のように歪めて嗤いながら、松田の声で惣一に言った。



「抱いて下さい、俺を。」







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