通い慣れた湯殿への道を惣一は黒琥を抱えて歩く、普段は感じないが距離が長いように感じた。
それはそうだ人一人抱えてんだ、と自嘲の笑みを零す。
またさっきと同じような感情が浮かんだ…本当に俺は何をしているんだ。

廊下から夜に沈みこんだ月宮邸の日本庭園が見える、まるで水の中に屋敷が沈み込んだかのように暗い…この通い慣れた景色をいつもは一人で見ていた。
この広い月宮の屋敷の中で、ずっと一人きりで生きてきた。
なんの感慨も今更、湧きはしない景色の筈が、人がいると思うと不思議と別なもののように思えた。
「感傷だな」
それを横目に惣一は廊下を突っ切りやがて目的の場所に立つ。

檜造りの扉は誰かが気を利かせたのか全て開いていた。そのまま踏み込んだ脱衣所を突っ切り、惣一は服のまま風呂の床に、腕の中の黒琥をゆっくり降ろす。
そして背を支えてやりながら、屈んだ体勢でシャワーのコックを捻れば、水音と共に暖かいお湯が降り注ぐ。
こうなれば低体温症などあっという間に治るだろう。
それを証明するように血色が戻ってくる弟に惣一は詰めいていた息を零した。

「馬鹿だなお前…」
また車の中で言った言葉を言って、前髪が張り付いた黒琥の髪をそっと払ってやる。
そして黒琥の体を支えながらも服がシャワーで段々と濡れていくことに眉を寄せた。
「…失敗した」
張り付くような独特の不快感に惣一は上だけでもと黒琥の背を壁に預けて、ネクタイやスーツを脱いで、床に置く。シャツだけになると白い生地は惣一の鍛えられた体を透かすのだが、女でもない惣一は構わずシャツのボタンを外していった…そんなことをしていたからだろうか、やがて瞬くように黒琥の瞳が開いた。
「…惣一?」
服のままシャワーを浴びている状況について行けてないようで、辺りを訝しげに見渡す。
でもなんだか視線は定まらず、ぼおっとしているようだった。
「あっちが夢だったんだ…惣一」
「…おい?」
するりと伸ばされた腕、一瞬、振りほどこうとも思ったが…自分を見つめてくる黒琥の視線に絡めとられたかのように、それが出来なかった。そして引き寄せられるままに惣一は口付けられる。



長い夢を見ていた。
アンタがいて、俺がいる…そんな幸せな夢を。




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