月宮邸にて

雨は先程の土砂降りから、霧雨へと様相を変えているようだった。
走るリムジンのワイパーも緩やかな動きに変わってすぐ、車は僅かなエンジン音と共に月宮の門に到着した。
松田は慣れた動きで周囲を警戒しつつ運転席から降り、直ぐに若頭である惣一の為にドアを開ける。
すると既に隙なく普段通りスーツを着込んだ惣一が、毛布で包まれた黒琥を抱き上げて、開けられたドアをくぐる。
カツリッと磨きこまれた革靴が足をつけると同時に松田は口を開いていた。

「若頭、黒琥さんは俺が。」
普段の兄弟関係で言えば、本当に有り得ない光景だ。
ついさっきも思った、そんな本音も置いて松田はただ月宮の門までの石畳を、惣一が人一人抱えて歩くのは危ないと思って提案した。ましていま足元は雨で濡れている。

だがそれに惣一は嫣然と笑う。

その表情で松田はその自分の気遣いは必要なかったのだと知れた。

「弟を連れて帰るだけだ、必要ねぇよ」

そのまま惣一は悠々と月宮の屋敷へ歩き出す。通い慣れた石畳、重さなど感じさせない足取りだった。

だが屋敷から若頭の帰りを出迎えに、つぎつぎ表へ出てきた連中は、惣一の普段と違う姿に一様に驚いた顔をしていた。

(そうだろ、普通は有り得ない。)
松田は心中にだけ言葉を零す。
弟を連れて帰る、ただそれだけのことが月宮の家にとっては驚天動地のこと。
自分が今日見てきたのは、それこそ一生見ることも無いと思っていたことだ。
でもこういう家業であるなら兄弟仲は悪いより良い方が好ましいというのは間違いがない。

そう頷いて、停車していたリムジンを動かそうと運転席に足をむけた時だった。

「あーこういうルートじゃあ無いんだけどなー困るなー」
鳥の羽音と共に、頭上からフッと声が聞こえて。松田は顔を上げる。

だが其処には誰も、何も居はしなかったのである。

*****

長い長い石畳が終わり玄関をくぐると正座で礼をして待っていた黒田の姿に、惣一は眉を寄せた。

「坊が、世話になりました、若頭。あとは俺が。」

いつもなら渡しただろう。
そう思って惣一は、さっきと同じようについ笑っていた。
何かが自分の中で渦巻いてる。
それだけは分かる。

(どうして俺はこんなことをしているんだ。)

こんな行動をさせているものが何なのか自分でも分からない。
でも自分に無防備に体を預け、惣一の胸に頬を寄せる弟を、どうしても黒田に渡す気にはなれなかった。
きっと手放せば、後悔する気がした。

「下がってろ」

傲岸に告げる惣一に黒田はどこか探る様な視線を向ける。
だが惣一とその腕の中で身を委ねている黒琥を見ると…大丈夫と判断したらしい。
黒田は頭を下げて「分かりました」と惣一に黒琥を託したのだった。




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