5*FIN*

黒騎士が示した期日は今年の暮れ…12月まであと数か月のキャメロットは実り多い秋の日々を過ごしておりました。
何とか帰り付いた騎士達は、城に残っていた全兵士の力を合わせてキャメロット城や町、村の者にその質問をしましたが、どの答えもありふれていて、とてもとてもあの黒騎士を説き伏せることが出来そうなものではございませんでした。

とうとう十二月の半ばを過ぎた。その日、ガウェイン卿は馬に乗って考えているうちに森に入ってしまいました。ふと気づくと、木の間に真っ赤な服を着た女がおります。その服はまるで木苺を潰して染め上げたような色でした。
また女の顔は、二目と見られないほど醜く。頬や顎、唇は腫れあがったかのように分厚く。髪もちじれて痛んだ髪が乾いた枝のようでした。目は落ちくぼみ見えているのかいないのか濁った色を宿しております。その姿に思わず怯んだガウェイン卿ですが、女はそんな彼に頓着することなく、しゃがれた声で「貴方の国、貴方の王にかけられている謎を解くには、今が一番良い時です」と話しかけました。

気付けば森は静まり返り、生き物の気配がございません。
ガウェイン卿は目の前の女も、またあの黒騎士同様、魔の者であることを知ったのでございます。

「お前がその答えを知っているというのなら、俺はそれ相応の対価を払おう」とガウェイン卿。

女は笑ったようでした。
いえ笑ったというには、それは余りに怖気もよだつような笑みでございました。
女は言います。

「では私(わたくし)の夫に、ガウェイン卿…貴方のような美しく、礼儀をよくわきまえた騎士を探すのです」

それにガウェイン卿は思ってもみなかったことで言葉もありませんでした。何しろ彼の矜持からすると代償として誰かを彼女の夫として差し出すことなどあり得べからざることだったからです。
ただ…身代わりを出さずに自分でその約束を果たすとなると、長年抱いていた恋情に一つの区切りがつくことは火を見るより明らかでございました。

「その約定は…俺でも良いのだと受け取るぞ」

暫くの間の後に、女は赤い口を開けて笑ったようでした。

「それは願っても無い。オークニー王ロトとアーサーの異父姉モルゴースの子…ガウェイン。
そなたは、まさしく騎士の中の騎士…我が夫に相応しい。」

その声を聞きながら、ガウェイン卿は焼き切れるような胸の痛みと戦っておりました。
アーサー王とキャメロットの呪いを解くために、彼は妻を…娶らなければならなくなったのでございます。
そしてガウェイン卿はその場で女から答えを聞くと、たった一人、年の暮れ、日の暮れの赤い日が落ちるあの城を訪ねて行きました。
そしてあの城に着き、城主の間に行きますと、其処には城主の座に座る黒騎士と、彼が膝に抱き上げておりますアーサー王がおります。
王の青白い顔は彼が意識がないことをガウェイン卿に伝えました。きっと初めてこの城に来た時から王は目覚めてはいないのです。

黒騎士はどこか自身の勝利を確信しているようで、余裕を持ち、アーサー王の頬を撫ぜるのをガウェイン卿は激しい怒りでもって遮りました。

「早く答えを聞くがいい!卑怯者め!」

さて黒騎士の呪いは、
第一に今年の暮れまでに戻ってくること、これは確かにガウェイン卿は果たしました。
また第二に世の中の婦人たちが一番望むものは何かという質問の答えを、持って帰ってくることでございます。
黒騎士が第二の問いを尋ねますと直ぐにガウェイン卿は、女から聞いた答えである「自分の意思を持つこと」と朗々と答えます。

すると黒騎士は「…おのれ」と短く呻きますと、
「それを教えたものがいるであろう…おのれ忌々しい。いつか仕返しをしてやる。」と悔しがり、…アーサー王を手放してガウェイン卿の手に返したのでございます。
その瞬間、最初にこの城を訪れた時の様に美しく恐ろしく厭(いと)わしい教会の讃美歌の音が響き渡りますと、黒騎士の姿は忽然とガウェイン卿とアーサー王の目の前から消え失せていたのでございました。
ただ頭上には、あの最初の道行きにおりました鴉が「Never more」と鳴きながら舞っております。

その時にガウェイン卿はこの鴉の鳴く意味を真の意味で理解したのでした。

『もう二度と。』

この腕に抱く王への想いをガウェイン卿は永遠に捨て去らねばならぬのです。
呪いを解くため、契約で結ばれた妻を得て、自分の命よりも大事な王の為に…彼は彼の中の王への想いを捨てなければならぬのです。
それを鴉は暗示していたのだと、ガウェイン卿は知ったのでございました。

「王よ…いやアーサー…俺のアーサー」

最後でございました。
それがただのガウェインとアーサーでいられる時間だったのです。
そっとガウェインはアーサーの唇に口付けを落としたのでございます。

「Never more」

もう二度とこうして触れることは無い。
それがガウェイン卿の恋の一つの区切りでございました。
そしてガウェイン卿は鴉に向かって言います。

「さぁ見届けただろう…出て行け、 夜の支配する冥土の岸辺へ。
羽一枚も残すんじゃない、貴様の話した嘘を思い出させるようなものは何一つ。
俺の心から貴様の嘴を抜いていくがいい。」と。

***

そして何日か後にガウェイン卿と女の結婚式は行なわれました。
決して身分ある者でもないので、その式はひっそりとしたものでございました。
そして夜、いよいよ二人きりになって、さすがのガウェイン卿もすっかり嫌になってしまいました。
なぜ恋に破れて直ぐに、好きでもない醜女と結婚しなければならないのでしょうか世は不条理でございます。
そこで褥に入ってすぐ、ガウェイン卿は女にありのまま、
「あなたが年上で、顔が醜く、おまけに上品でないのが嫌です。」と話しました。
言わないことのが失礼と考えるガウェイン卿の性格が表れておりますが、ハッキリと言いすぎて、とても酷いことを言ってしまっています。

ですがあの女は機嫌を悪くしないばかりか、笑って答えを返します。
「年を取っているということは、若い人よりも考えが深いということ。醜い顔だから、あなたは私を他人に奪われる心配がなく。また、上品か下品かは、生まれつきで決まるわけではないのです。」

淀みなく答えられたそれに感心したガウェイン卿。ふと視線を上げて女を見ると…どんな魔法の類いか彼女の顔は美しくなっておりました。
腫れあがったようだった顎や唇は艶やかで、肉付きも程よく。
散々に痛み乾いた枝のようだった髪は亜麻色に輝き、目は理知の色を湛えた緑色をしておりました。

「これは…どういうことだ」

喘ぐように言ったガウェイン卿。女・ラグネルは快活に微笑み悪い魔法使いのために呪いをかけられていたのだと話しました。
呪いの二つのうちの一つ、若くて優れた騎士を夫にしなければいけないという呪いが解けたのでした。
そこでラグネルは昼美しく夜醜くなるか、昼醜く夜美しくなるか、どちらが良いかとガウェイン卿に切り出します。
「お前はどちらが良い」とガウェイン卿。
ガウェイン卿としましては妻として扱うならば、自分と会う夜だけラグネルが美しい方が何かと宜しいのですが、ラグネルの方は昼は大勢の人に見られるから昼に美しくする方が嬉しいと言います。そこで考え込んだガウェイン卿。自分の考えを取り消す、と静かに口をききました。
すると、ガウェイン卿が正しい心によってラグネルの思い通りにしたことで、二つ目の呪いもまた解けたのでございます。

ラグネルは、一日中美しい顔でいられるようになり、ガウェイン卿に微笑みました。
それと同時に、彼女の兄。兄妹共に悪魔の呪いに巻き込まれていた黒騎士も聖なる心と愛を持つ騎士に戻ったのでした。
彼女が黒騎士の質問の答えを知っていた訳、それは兄妹だったからなのでした。

そして聖なる魔女の彼女は言います。

「貴方が私(わたくし)を妻とする勇気に敬意を。
貴方が望みを果たすために私(わたくし)は力を注ぎましょう。
貴方はもう二度と(Never More)貴方の心を妨げられることは無い、自由を得る。
そして私(わたくし)を妻にすることで果たせなかった想いは、いつかきっと伝わると約束いたします。
これは等価な約定…ガウェイン、貴方の聖なる心に定められし約束です。」と。

そうしてガウェイン卿と聖なる魔女・ラグネルは結婚したのでした。
彼と彼女はまるで友のようであり、互いに信頼し合った関係であったようです。
ガウェイン卿の想いが、どう転がってゆくのか、またアーサー王は彼の結婚に少なからず衝撃を受けたようでございますが…それはまたのお話でございます。

The Wedding of Sir Gawain and Dame Ragnelle(ガウェイン卿とラグネルの結婚)
*FIN*





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