アーサー王は待ち受ける暗雲を払うように凛と顔を上げて、円卓の騎士と共に領主を捕虜とし土地を奪ったという騎士がいる城に向かいました。
城は不思議と昼間というのに薄暗く、廊下の端には蜘蛛の巣すらかかっており、城には警備の兵一人とすらおりません。
これは無人ではないかと、アーサー王やランスロット卿が顔を見交わした時に…領主の間が見えました。
煤けたような赤で装飾された扉はどこか血のように見えますが、よもや開けない訳にも参りません。

「では私が開けます、王よ」始めにランスロット卿が扉の前に立ちました。
最強の騎士として名高い彼ならば、なんと心強い事でしょう!
ぎいいいと鈍い音をたてて扉が開きますと、領主の座には漆黒の鎧を纏った騎士が座しておりました。


「夜の岸辺からさすらってきた者、夜の支配する冥土の岸辺で何と呼ばれているのか、そなたの御名を唱えよ!」


凛とアーサー王がランスロット卿に代わり、声をおかけになりますと、その時でございました。
アーサー王の背を見つめていたランスロット卿、ガウェイン卿は音を聞いたのでございます。
鳥の音のような、嵐の過ぎる音のような厭(いと)わしい音でございます。

その音が領主の広間に響いた途端にアーサー王の手足は雷に打たれた如く凍りつきました。

王の異変に円卓の騎士はすぐに気付きました。
思わず王の名を叫ぶガウェイン卿と一歩踏み出したランスロット卿です。
しかし彼等も力が抜け、直ぐに広間の石畳へ膝をついてしまいました。

だんだんと音は何重にも重なり、まるで教会の讃美歌のように響き渡ります。
美しく恐ろしく厭(いと)わしい音です。
それが響くにつれて騎士たちは益々体の自由が喪われていることに気付いておりました。
ゆっくりと座していた漆黒の鎧を纏った騎士がこちらにやってきます。

王に危険が迫っているのを他の騎士たちもただ見ていることしか出来ません何しろ彼等もガウェイン卿やランスロット卿と同じ有様なのです。
大きい声を出そうにも腹に力が入らず。ただ倒れ臥す勇猛なキャメロットの騎士達。
ガウェイン卿は唇を噛みしめ不甲斐ないとアーサー王から貰った魔剣・ガラティーンを握り締めます。
今この時、動けなければ自分は自分を赦せないのだとガウェイン卿は思い、柄を握り締めました。

すると不思議と体の奥の方から燻(くすぶ)る炎のように力が湧きました。
炎と火に愛されたガウェイン卿のために、それは精霊たちのささやかな福音でした。

王に近付く漆黒の騎士にガウェイン卿は一歩踏み込んでガラティーンを一閃。
歴戦の勇者たる彼の鋭い一撃に不意を突かれた漆黒の騎士は脇を切り裂かれました。
甲高い音…だが生身であれば致命傷のそれに漆黒の騎士は頓着せずに、そこに佇んでおります。

その甲冑から覗く顔にはただ闇が広がるばかり。

そこでこれは「人」ならざるものが相手なのだと円卓の騎士たちは理解したのでございます。

漆黒の騎士はガウェイン卿の振り絞った一撃を腰の剣ではらうと、先程から鳴り響いている讃美歌の音はいや益々鳴り響き。
今度こそガウェイン卿は蹲りました。
そんな彼を見下ろし、漆黒の人ならざる者は言ったのでございます。

「光の国。光の騎士達よ。
第一に今年の暮れまでに戻ってくること。
第二に世の中の婦人たちが一番望むものは何かという質問の答えを、持ち帰ってくること。
その二つの約束を破ったなら、降参の印として″光の王″と″光の国″を渡すのだ。」

はじめに言葉があったからこそ、魔法に必要なのは言葉でございます。
漆黒の鎧をまとう騎士にまさにキャメロットはこの時、呪われたのでございます。
漆黒の騎士がアーサーの頬に触れる。
それを噛みしめるような思いで騎士たちは見上げます。
触れられた途端に崩れ落ちる王を漆黒の騎士が抱きとめ、まるで壊れ物のように抱き上げました。

「今年の暮れまでに戻らなければ″光の王″は我が物とする」

それは円卓の騎士たちにとって死よりも恐ろしいことでございました。
剣を預けた″剣の主″の命は自分自身より、なによりも重いのでございます。

「本当にその二つの約束が叶えられれば我が王は解放するのだなっ」

ランスロット卿が呻くように言いますと、漆黒の騎士はがらんどうな鎧の顔をむけ言いました。

「言葉は契約として既に発せられた。魔法としての約束は違えられることは無い。」と。

そしてキャメロットの騎士達はアーサー王を奪われ、失意のままに城の外に出たのでございます。





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