”鍵”

望んでいたのは、こんなことじゃない。
自分の行動が裏目に出てゆく、この焼け付くような感覚に蒼璽は足音高く廊下を歩いた。
廊下にはまだ生徒が行き交い、生徒会長である蒼璽の不機嫌さを遠目に見やる。
その視線を感じた…それすら厭わしい。

転校生にも、風紀委員長の影宮にも…緋酉にも…そして何より自分に苛立った。
この感情を鎮める方法などしらない。
理性と感情の狭間で板挟みでグチャグチャに潰されそうだ。

そして生徒会室にまで帰り付くと蒼璽は荒れた気持ちのままに生徒会長の机の上にあった書類を全部床にぶちまけた。
心の中で理性が罪悪感を叫ぶが、感情が付いて行かなかった。

「くそっ糞がっ!!緋酉っ!!俺の親衛隊長を降りると簡単に言いやがって!!」

この学園の全部をグチャグチャにしたいぐらい、全てが厭わしくなった。
親衛隊総代という役職も、″保護生徒″の権限も、親衛隊も、生徒会も何もかも全部が腹が立った。
自分が仕出かしたことを棚に置いて、親衛隊長である緋酉を自分の手から奪ったシステムが憎いと思った。

(でも確かに親衛隊が無ければ、緋酉と俺は出逢うことすらなかっただろう。)

冷静な理性が沸騰した感情に水をさすが、気持ちは追いついてくれない。
今度は生徒会長の椅子を蹴り倒し、次の標的として机の引き出しを力任せに引っ張るが…そこに緋酉のネクタイを見つけて蒼璽は息を詰めた。
ネクタイの裏に記されている″緋酉 慎″の名に、心がふるえた。そっと壊れ物を扱うようにネクタイを掴んで額にこすり付ける。

(俺は緋酉を手放すことを…望んでなどいない。
緋酉、てめぇは俺のもんだろうが、だったら俺の望みをくんで行動しろよ。)

今まで、そうしたように。
今まで、側に居たように。
側にいたのは、たしかに緋酉だった。

名を思えば、目の前に浮かぶ面影はどこまでも鮮やかだ。

「はなれるな」

その幻に囁くように、フッと微かに口に転がしていた言葉。
それに気付いて蒼璽は顔をあげた。

蒼璽には、なぜか今、この瞬間、世界から一人隔絶されたように感じた。
彼は自分の中の″鍵″をみつけたのだ。

遠く聞こえてくる学園の喧噪が遠ざかる。

彼は瞳を見開いて手の中の親衛の証として自分に捧げられたネクタイを見詰める。
だがそれも、どこか何も映していないようでもあった。

「俺は…いま…」

口を抑える、強く。
自分の中から何かが零れて出ないように。
自分でも、湧き上がり零れ落ちる、その想いの扉への″鍵″を彼は握っていた。

だがその蒼璽の本音は誰にも聞かれること無く、生徒会室にとけて消えたのだ。





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