車内

ビルから少し歩いた横道の薄暗がり。黒のリムジンが一台。雨の中、紛れ込むように停まっていた。
その車の脇には傘をさして雨を受け止めている男が一人佇む。高級なスーツに身を包んだ強面の男だった。明らかに堅気ではない。
その男の蝙蝠傘が楽器のように雨を受け止め、トトトッと音を鳴らしていた。
男はしきりに時計を見て、時間を気にしている。誰かを待っている風情だ。
その時、男が何か物音でも聞こえたのだろうハッと顔を上げた、その視線の先に誰かが一人歩いてくる所だった…腕に人一人抱えて。

「若頭!」

思わず男、松田が叫び、駆け寄ると惣一は雨に濡れきっていた。普段では決して有り得ないその姿に驚いたのだが。
その腕に抱えている中の人物に松田は目を落とし、再びギョッと目を見開く。
(本来、こんなところに来るような人でない)
それは彼が仕える若頭とは″犬猿の仲″とされている月宮組次男・黒琥の姿だった。

「若頭、これは一体」
「話は後だ、月宮に戻る」

無駄なことは話さないのは変わらない。
松田は聞きたいことをグッと堪えて、リムジンの扉を二人のために開けたのだった。
惣一はそのまま黒琥を抱えて、リムジンに乗り込む。
横から二人のために傘をかかげている松田の目から見ても黒琥の方は意識がなかった。その顔色も青白い。

(だが若頭は、弟君を憎んでいるのに)

この光景は何だというのだろう。顔すらまともに合わさないし会話もしてない兄弟だったというのに、どういう経緯でこうなったのだ。
だが余計なことは言わない松田である。

ただ目の前で惣一が壊れ物を扱うように弟をリムジンの長い座席に横たえている。
それが現実なのだ。
どういう経緯でなど松田には考える必要も無いことだった。




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