「黒琥!!」
その時、雨に紛れて冬樹の声がした。
雑居ビルの中の店を調べさせていたんだが戻ってきたらしい。
こちらに駆け寄る足音が聞こえてくる。

その中で俺の脇腹を踏みつけていた惣一の足が浮く。

「これは忠告だ…俺の周りをうろつくな、心底目障りだ。」

冷厳な声で言われた内容に心が軋むような痛みを発する。

冷たい水溜りに沈む視界で雨が降りしきっている…それが焼け落ちてゆく月宮の屋敷を見ることしか出来なかった、あの日の自分に重なった。
ずっと一人ぽっちで待っていた。
アンタがオレのところへ帰ってくるのを、ずっと一人で待っていた。
アンタだけが、あの瞬間…俺の全てだった。

『オレのもんになれ』と、そう言って俺の心を見つけてくれたのはアンタだったのに、それなのに。

・・・アンタが俺を捨てて、俺を見放し壊すのか。

俺は唇を噛んで、惣一を見上げる。
ボロボロと涙が止め処なく出て、雨の中でも俺が泣いていることが分かったんだろう。
惣一は瞳を見開いて俺を見詰めた。

「お前…」

何か言おうとする惣一を、だが横から飛んできた重い拳が遮った。
惣一はそれに当たることなく身軽に雨の中でも引いて見せた。パシャンと響く水音、惣一の服の裾が重さを感じさせず翻る。

「黒琥にこれ以上、触らせねぇ!!」

冬樹だった。
雨にしどとに濡れながら俺をかばう様に惣一との間に立っていたのは、怒りに身を委ねたルシファーの切り込み隊長だ。

「うるせぇな、叫べば威嚇できると思ってんのか?」

惣一は惣一で、冬樹など構わずにそこに佇んでいる。
構えている冬樹と違って佇んでいるのに隙がないのは流石としか言いようがない。
俺はゆっくりと倒れていた上体を起こす、もう服がすっかり水を含んで…凍えていた。
震えを通り越して…凍りつきそうだ。

心も、すべて。

「お前が黒琥に手を出さなきゃいいんだろうが!!」

そんな俺に気付くことなく会話は続いていて、冬樹がそう怒鳴ると惣一はフッと冷笑して水を含んだ髪を掻き上げる。

「ハッ愚弟に躾するのは兄の役目だろ?」

「っ兄だと?」

冬樹の戸惑った声が俺を振り返る気配がするが、それに応えることもままならず、俺は息を吐いた。

「黒琥?」

そんなオレの様子が常と違うと分かったのだろう冬樹が俺を呼ぶ。
だがそんな声も、応えることが出来ない位に、オレの体は冷え切っていた。
寒すぎて意識が遠い、二人のやり取りが認識できない位に…そんな俺を二人がどういう風に見ているのかも気付かない位に。




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