権限発動side蒼璽
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俺の目の前で緋酉は見事な一本背負いをして転校生を投げ飛ばした。
緋酉、ほんと面白い奴。
俺を嫌うと語る言葉とは真逆に奴は俺を必死に守るのだ。
…この有能な男は俺のために動く、そう思えばザワリッと胸の内が優越感に騒いだ。
見目の良い″抱きたいランク″に入っている者すら緋酉は相手にしていない、こいつを動かすのは俺だけだ。
とっくの昔に、俺の隣りに並ぶものだと認めている…癪だから決して言わないが。
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ドンッと床に叩きつけられる転入生の大柄な体、そして緋酉はそのまま腕を捻りあげ、
「これ以上、生徒会長に対する暴行は許されないっ!!!」
そう凛と一喝した。
緋酉の言葉に騒いでいた食堂は静まる。
流石はこの学園の権力の一角に就く『親衛隊総代』だと、俺は軽く埃をはらいながら立ち上がる。
思わず笑うと緋酉がオレに怪我がないか視線で確認してくる…俺の笑みを、まさか別の方向にとっているとは気付かなった。
そして緋酉は転入生の腕を離すと、痛みで呻く転入生に「立ちなさい」と促す。
そんな緋酉の促がしに「…アンタ強いな」と言いながら躊躇いがちに立ち上がる転入生。
憧憬の滲んだ転入生の声音の方が俺にはよっぽど勘に障った。
だがそんな俺には気付くことなく緋酉は転入生を気遣い、彼の頭へ手を伸ばし「頭を打ってはいないか」と尋ねる。
おいおい俺を殴った奴の事なんて気にしてんじゃねぇよと思ったところで、ペリッという音がして…見やると先程まであったモジャモジャの鬘が取れて、転入生の頭には綺麗な銀髪が現れていた。
それに少しだけ驚く、そうか鬘の下はああなっていたのか。
キスして髪に触れた時に”生身の髪”でないことは直ぐに分かったから別段驚かない。
「うげっ!」転入生も慌てているが意味無いだろ爪が甘すぎると内心嘲笑する。
食堂内も驚愕の声が響いていて煩いが、緋酉が転入生を急かすように言った言葉がオレの耳朶を打った。
「君、ちょっと眼鏡を外せっ」
緋酉の幾分焦りを帯びた声に嫌な予感がする。慌ててカチャッと瓶底眼鏡を取った転入生は堀の深い男らしい顔をしていた。
…正直まったく食指が動かないタイプだ、男らしくあっても凛とした緋酉の方がいい。
だが学園の生徒たちは違ったらしく食堂の絶叫にオレは眉を寄せるー…まぁ確かに男前は男前なのだ。
だがそんなことより、俺にとっては転校生の容姿を見た途端に考え込んだ緋酉の方が気になる。
何をそんなに考えている?
″俺がキスした転入生″に対して、緋酉は何か思うところがあったのだろうか。
そう思ったところで、その考えが琴線に触れた。
今、物凄く大事なことを俺は見落としていないだろうか。
それはー…緋酉が転入生の胸元のネクタイへ手を伸ばしたことで瞬時に理解した。
親衛隊総代が一般生徒のネクタイを預かる意味を知らない俺ではない。
だがそれは!!それをすれば!!
「緋酉!!」
思わず、焦燥に焼かれる様に叫んでいた。
緋酉の肩を掴もうと伸ばした腕はだが掴む前に、緋酉が転校生のネクタイを抜き取っていた。
シュルッとほどかれるネクタイ…まるでデジャヴュのように俺が緋酉のネクタイを抜き取った様を思い起こさせる…緋酉はそうして俺のものになった。
それなのに…緋酉は凛と宣言するのだ。
「親衛隊総代の権限において、たった今から貴方を『保護生徒』へ指定し、君の全ては俺の預かりとなる。」
もう緋酉は俺のものじゃないと。
俺の口からはつい呻き声が漏れ出ていた。
『親衛隊総代』のみが持つことが許された『生徒保護』の権限は、総代が『生徒』と共に衣食住と学校生活を共に行う。
つまり寮部屋での生活、学園内での勉強、食事、自由時間の全ての時間が出来うる限り共に過ごすことになるのだ。
そして…総代がその権限を発動させれば、兼務している親衛隊長の職務は期間剥奪、そちらが優先される。
緋酉、お前は俺だけのものの筈なのに…。
自分を持っている緋酉を普段は買っている分、今はそれが厭わしかった。
そして俺の不機嫌を煽る様に、ちょうど食堂に現れた奴がいた。
「クッ面白れぇことになってんなぁ」
…風紀委員長・影宮 御琴。最悪な時に最悪な奴が現れやがった、どうせ他の風紀委員から連絡が入って、面白がって来たに決まっている。
「いいぜ風紀委員長がそれを認可する。」
思った通りだ、糞ッ!
総代の『生徒保護』の権限は生徒会長か風紀委員長に口頭でも認可されれは、その場で発動するのだ。
「…学園の風紀委員長の認可によって、たった今よりオレは生徒会長の親衛隊長という役職は剥奪され、総代として君という生徒を保護する『保護期間』へ移行する。」
「っ!俺は認めてねぇぞ!緋酉!お前は俺の親衛隊長だろうが!」
それを投げ出すのか!!と叫んでも緋酉はその佇まいを崩すことは無いから…ことさら俺の胸中をかき乱す。
更には影宮が冷笑と共に言ったのだ。
「お前の有能な子飼いが奪われて悔しいのか?」と。
…そんなことある訳が無い!!カッと血が逆流した。
「そんな訳ねぇだろ、緋酉なんぞ居なくなって清々するっ」
そう怒りのままに言い放ち、俺は緋酉を冷徹に見て、そのまま足音高くその場を後にしたのだった。
…そんな俺の背を緋酉がどんな目で見ていたのか…そしてそんな緋酉を、影宮がどういう風に見ていたのか、俺は全く気付かなかったのだ。
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