権限発動

ほんの戯れだ。

常とは違う緋酉の姿に嗜虐心がそそられて、もっと傷付けてやりたくて。
暴力的な昂揚感に身をまかせて、普段なら全く食指が動かない転校生の黒マリモに口付けた。
あわよくば緋酉を少し困らせてやろうとも思って…だが次の瞬間、オレは顔に拳を受けて食堂の床に倒されたのである。
食堂をつんざめく生徒たちの悲鳴。

殴られた衝撃で見上げると、転校生は怒りのまま「なんばしよっと!!」と叫んでいた。
正直その姿が笑えて、オレは吹きだし、楽しくなってしまった。
野暮ったい男が怒っている姿は滑稽だ。


・・・そんな俺の様子を後ろで緋酉がどんな表情で見ていたかなど知らなかった。





会長の唇が転入生に触れる。
それが堪らなく苦しかった、俺の方が会長のことが好きなのに。
けれど好きだから報われる訳じゃないんだ…自分の足元から心が崩れるような感覚を味わう。
幾度も経験して、なお慣れなくて胸が痛い。

まして転入生は会長の好みとはかけ離れている。
オレと同じがそれより少し上ぐらいの身長なのだから…彼に触れるくらいならオレに触れて欲しいと思ってしまうのも仕方がない。

会長。
俺の方が転入生より貴方の側にいます。

だがそんな俺の物思いも転入生の会長への暴力で引き戻された。
バキッと鈍い音を響かせて会長は殴られて、食堂の床に倒される。

「なんばしよっと!」
激昂する転入生の声にかぶさる様に響き渡る生徒たちの悲鳴。

その中で会長が楽しそうに笑ったのが、俺の胸に突き刺さる。
それは俺には向けてくれない笑顔だったから。
俺も笑いかけて欲しい。

…そんな会長の姿を見た、食堂の生徒たちの不穏な空気もいや増してゆく。

(…不味い)

生徒会長はこの学園では最高権力者なのだ、それこそ一生徒とは比べるべくもない。
オレはなおも会長を殴ろうとする転入生の腕を掴んで入り込むと、そのまま一本背負いで投げ飛ばした。
そして床に叩きつけた転入生の腕を取り、捻りあげながら恫喝する。

「これ以上、生徒会長に対する暴行は許されないっ!!!」

…食堂は凍りついたように静まった。

けれど俺の頭は、この静寂の中でも忙しなく動く。
会長が食堂という大勢の生徒がいる前で転入生にキスしたことで『こんなナリ』の彼は今日からでも制裁にあうだろう。
会長に暴力を振るい、総代に投げ飛ばされた転入生はまともな学園生活は臨めない。

(だが俺だけ親衛隊総代の権限で彼を救うことが出来る。)

チラッと下に這い蹲っている転入生を見下ろすと…俺は思わぬものを見つけて瞳を見開いた。
転入生の黒もじゃの髪の下…少し銀色の髪が見えたのだ、おそらく俺が投げ飛ばしたために。

(そういうことか)

容姿を隠しているのだと当たりをつけ、俺は転入生の腕を捻りながら、もう一度だけ会長を見た。
すでに立ち上がっている会長にはダメージが無いように思う。
悠然と佇み、会長はその玲瓏な美貌に笑みを浮かべていた。
転入生を気に入ったのだろう。

でなければそんな風に笑うはずなんてない。

また胸が痛んで、それが辛くて堪らなくて…その悲しみ故に、俺は決断した。

俺は転入生の腕を離すと、痛みで呻く彼に「立ちなさい」と促す。

「…アンタ強いな」

幾分躊躇いながら立ち上がる転入生。
食堂はまだ静かで、自分の脈打つ心臓の音が響き出しそうだ。
怖い。けど会長が転入生をかまうのはもっと嫌だ。

俺は無言で手を伸ばす、ゆっくりと転入生を気遣っているように見える様に…彼の頭へ。
転入生も誰も俺の意図には気付かない。
「頭を打ってはいないか」と尋ねると同時に撫でた手で彼の髪をむしった。

ペリッという音がして…そして俺の手には黒の鬘が残され、目の前の転入生には綺麗な銀髪が現れた。

「ッ!!」驚いたふりをしてみせる。
「うげっ!」転入生も慌てているが、もはや意味が無い。

食堂も「ええええええっ」という驚愕の声が響いて、俺はその中で転入生を急かすように言った。

「君、ちょっと眼鏡を外せっ」

素顔は分からない、分からないが…直感を信じる。
俺の焦りに引きずられたようにカチャッと瓶底眼鏡を取った転入生…彼は堀の深い男らしい顔をしていた。


再びの食堂の絶叫ー…・それに俺は思案するフリをして転入生の胸元のネクタイへ手を伸ばす。


「緋酉!!」
するとそこへ会長が叫んだ。
俺の意図を察したのだろう、だがそれよりも俺がすることの方が早い。

シュルッと彼のネクタイをほどき、俺の手の中へ。

そして転入生の男らしい顔を見上げ、宣言した。


「親衛隊総代の権限において、たった今から貴方を『保護生徒』へ指定し、君の全ては俺の預かりとなる。」


それは『親衛隊総代』のみが持つことが許された『生徒保護』の権限だった。

指定された『生徒』は衣食住と学校生活を『親衛隊総代』の『保護』の元で行う。
かつて生徒会などの権力によって追い詰められた一生徒が退学したり、自殺未遂したりというようなことがあったため、
『生徒会』の動向が分かる『親衛隊』の中から、特別に『親衛隊総代』が、その権限を付加された。

数ある親衛隊のトップである生徒会長の親衛隊長でありながら、生徒会の動向を見極めて生徒すら保護する。
いわば二重スパイのような『親衛隊総代』の力…それを俺はたった今、発動したのだ。


会長を彼に近付けたくないがために…






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