黒田はその鋭利な顔に緩く戸惑ったような表情を浮かべた。
ぱらぱらと雨が降っている中で黒田の発する言葉を待って思わず口元に意識が引き寄せられる。

「…坊、どうしたんですか?若頭の様子が気になるなんて、」

"だから今日は雨模様なんですね"

必死なオレが余程、不思議なのだろう。
そう続けた黒田にどう言えばいいのか分からず、オレは俯いた。
手を握り締めて、唇を噛みしめる。

“オレ”が“惣一”を気にするのは確かに以前の関係を考えれば可笑しい。
だってお互いが避けていたんだから。

そこでオレは一度瞑目した、浮かぶのは惣一の微笑。

『これからは頼むぞ、側にいろ…』

そのままゆっくり覆いかぶさられて、

『俺のモンになれ。』

囁かれた言葉と一緒に与えられた微熱が今も胸に残ってる…オレは逢いたいのだ、逢って確かめたい。

・・・まだ惣一のなかに“オレ”がいるのか、どうか。
いや、信じていたい、惣一は“オレ”を見つけてくれると。

と感傷的になっていた俺の耳にピコーンと、あの選択肢の音が響いて頭上にフヨフヨと選択肢が現れた。


▼黒田から話を聞いてバイクでGO!
▼疲れた寝るお(`・ω・)
▼メール受信してライバルの元へGO!


『選択肢』はなにが正しいのか何て分からない、けれどオレはただ進むことしか出来ない。
いつもの俺ならきっと家で寝ることを選んでいただろうと思う、けれど今は違う。

…ピコンッ、聞き慣れた電子音が俺の脳内で響いた。

▼黒田から話を聞いてバイクでGO!

これしか無いだろ。
そして俺は黒田に再び言い放つ。

「急ぎの用事なんだよ。
いいから惣一のいる場所をオレに教えろ。テメェが知らねぇんなら惣一の構成員に聞けよっ」

それに黒田は仕方ないとばかりに笑みを浮かべて、従順に分かりましたと答えた。
それはオレがよく知る黒田の姿だった。
俺の面倒を見て、俺の我儘に振り回されても大らかな黒田の姿。


…少しだけ、胸がいたんだ。


***


惣一は都内地下の薄暗い店にいた。
其処はこじんまりとした店で其処に行くためには地上で見落としそうな階段から降りなければいけない。
店名すら掲げられていない薄暗い地下の店は下りると、埃っぽい受付と奥に部屋が細長く備え付けられている。

いわゆるモグリの売春店だ。

其処は惣一のシノギの店ではなく…組の下部構成員として出入りしていた男が、組の金を使い込み。
その返済として苦し紛れに開いた店だった。

その店の奥の部屋。
社長として踏ん反り返っていた男の椅子に座り、両隣りに部下を従えながら惣一は目の前で這い蹲っている男を冷徹に見下ろす。

「…なぁ、テメェで使っちまった金は、テメェで返すもんだろ。」

男は顔を上げることも許されずに、ただ震えながらスミマセンを繰り返す。
惣一が放つ威圧感は月宮組若頭の名に恥じぬもので、その場を支配していた。

フゥッと惣一は溜息を零す。
そして次の瞬間、跪いて赦しを乞う男の顎を容赦なくガッと蹴り上げた。

「テメェのケツを女に拭わせてんじゃねぇよっ!!!」

人身売買。

ホストクラブやらで金を使い、首が回らなくなった女に闇金を紹介し、そしてすぐに闇金の利子などで払えなくなった女を男は裏で売春に回していた。
この男自身が月宮の金を持ち逃げしたところを「返す当てがあるからっ」と泣いて縋ったから暫く泳がせていたのだが、一ヶ月毎の定期報告で明らかになった売春の方法…つまり堅気の女を蜘蛛の巣に雁字搦めで捕らえて落とすやり方は惣一の逆鱗に触れたのだ。

惣一は自分の母親が父親に捨てられて精神を病んだ故に“女”に対する“男”の“性”の身勝手さを厭う傾向が強く。
堅気よりは緩いが、極道の人間にしては情けがあった。



男は自分より弱いものにしか強く出れない小者だった。
だがその矮小な人間が仕出かしたことは取り返しがつかないことと惣一は理解していた。
なにせ…売春させられた女の中には身ごもった者もいたらしい。

「極道なら極道らしくっ筋を通しやがれ…糞野郎。テメェの臓器でも売れ。」

そのまま冷徹に容赦なく男を蹴り続ける惣一に男は悲鳴を上げながら這い蹲るしか出来ない。
しばらく惣一は男を痛めつけていたが、

「若頭」

この部屋の入口の方から声をかけられ、惣一が視線を向けると腹心の部下が佇んでいた。

「…堅気の女達は、ほぼ捜索願が出されています。」

「チッ、思った通りだ。」

仕方ねぇなと呟いて惣一は溜息を零し、クシャリッと髪を掻き上げる。
「女達には俺から言う…あと上にいるシノも連れて来い。」と部下に言った。
そして血を流しながら怯えた目で惣一を見上げる男には凄絶に嗤う。

「…てめぇみてぇな糞野郎でも掘ってくれる店を知ってる。テメェ自身で金は稼いで来い。」

男相手に売春しろという言葉に男は惣一の足に縋る。

「ひぃぃっそれはっそれだけはっ」

自分が足を踏み入れた世界の悲惨さをよく知っているのだろう、だからこそ何も知らない人間よりも恐ろしいのだ。

「オイオイ、他人様にさせといて、それはねぇだろうよ。」

縋りついた男の頭を惣一はことさらに優しく撫でたかと思うと、ガッと後ろ髪を力任せに鷲掴んだ。

「イッッ」

苦痛にゆがみ首を仰け反らせる男の耳に、惣一はかがんで言葉を紡ぐ。

「でもそうだなぁオレは優しいからよ。
テメェが男に縋りやすいように全部爪を剥いどいてやる…嬉しいだろ?」

「ッヒイイッ許してっくださいっ許してっ」

そういって凄絶に嗤う惣一を恐怖と共に男は見上げることしか出来なかった。




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