2周目の人々



「俺は出る」

俺はズボンについていた埃を少し払いソファーから立ち上がった。
元より誰もオレの行動を制限出来る奴など"ルシファー"には居ない、だがすれ違う時に冬樹に腕を掴まれる。

「待てよ…一昨日のミカエルとの抗争で先走ったこと怒ってんのか?」

違う。俺は視線だけ冬樹に向ける、

「どうでもいい」

冷厳に切り捨てると腕を掴む力が強まった。

「…怒ってるじゃねぇかよ」

本当に怒ってなどいない…ただこの状況には確かに苛立っていた。

「…チッ…離せ、俺は忙しいんだよ」

つい舌打ちが零れる…俺の不機嫌さを感じ取ったのだろう冬樹は唇を噛んで手を離した。
そんな奴は放置して倉庫から出て、すぐに停めてあった改造バイクにまたがる。
後ろから冬樹も「俺も行く」と同じようにバイクに跨っていた。

「勝手にしろ、ただ俺の邪魔だけはすんな。」

キーはON、クラッチレバーを握ってスターとボタンを押せば、セルが回りエンジンが嘶く。
そのままマシーンは走り出した。

胸が焦燥に焦げ付いて痛むようだった。
瞼の裏に焼き付いた人の面影が切ない…ここでは生きているのだろうか。
本当に生きているのだろうか?
バイクをただただ走らせる…後ろにピッタリと付いて走る冬樹のことなど気にかける余裕などなく。

…いつのまにか雨が降り始めていた。

夜の街灯に照らされた濡れたコンクリートがまるで漆黒の海の中の真珠のようだと思う。
本当ならこういう時の“走り”は俺は結構好きなのだけれど…雨はもう嫌いだ。
雨は俺をひとりにする。

…ひどく寒い、寒いんだ。



バイクを限界まで走らせ続けて着いたのは月宮家だ。
月宮の家の大きさに呆ける冬樹にそういやコイツを此処に連れて来たことはなかったなと思うが、今はそんなことを構う暇がなかった。
月宮の門番をしてる構成員が「坊っお帰りなさいっ」と言ってくる…それに適当に返事をした時だった。

雨音にまぎれて月宮家玄関がひらく音がして男が石畳を歩いてこちらに向かってくる。
がっしりとした体つき、強面で長身の男…この男をオレは知ってる。
堅気には見えない雰囲気を漂わせながら仕立ての良いスーツを隙なく纏い、小指のない左手で傘をさしている。

男は…黒田英滋は低い声でオレを「坊」と呼んだ。
その声はあまりに慈しみに溢れてる。

「こんな早くに帰るなんて珍しいですね、風呂も食事も用意させてあります、風邪ひきますよ。」

そうして笑って黒田は、自分が濡れることも厭わずに大きな傘で黒琥だけを雨から守った…いつもの黒田だった。
自分より黒琥を優先させて、嫌味なほど出来る男…黒琥が小学生の時から知っている”黒田”だった。
笑顔で帰りを待ってくれて、広いひろい月宮家のなかで黒田が付きっきりで面倒見てくれた。

ああ、狂っていない世界だ…

そう想うと泣きそうになるけれど、しなくてはいけないことがあるのだ。

オレはキッと黒田に視線を向けると、黒田は俺の尋常でない空気を感じたのだろう真剣な様子で目を細める。

そして俺は口を開いた。



「…惣一はどこにいる?」





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