過去編3〜6『炎の騎士』〜



もう遠い昔のように感じる。

虎の一族だけが集まった獣人の村の中で基亜種の白化型、つまりホワイトタイガー種であるフルレトの一家は特別な地位にいた。その中でフルレトは皆を束ねる父につき次期長として相応しいよう学び成長し、まだ青年ながら村を守る使命は誰よりも強かった。
皆が皆、家族のような小さな集落だったけれど、それで良かった。
森の日々の恵みに感謝し生きる、そんな穏やかな日々だった。

そしてそんな穏やかな日々の中で、隣の集落が人に襲われたと聞いた。


念のために見張りを多く立てては居たのだが…そこから数日して人が投降しろと昼間に使者をたててやってきたので、フルレトの父は長として使者に相対した。
使者の要求は、バルバメ国の奴隷として女子供を、兵士として若い男をさし出せという受け入れがたいもので、フルレトたちの森で暮らす暮らしぶりを泥臭くて汚いとも罵った。

そんな彼等に父は凛といったのだ『自分たちの生活は家族と共に暮らす穏やかなもの、人となんら変わりが無い。何百年も続けてきた生き方は変えない、隷属はしない。』と。
その瞬間、目の色が変わったその人間たちは、老いていたフルレトの父を突き倒し…白刃を抜き放つ。「父上ぇっ!!!!」
自分の絶叫がむなしく響く、父が来るなと手をあげる。
それでも駆けだそうとする体を周りの仲間に取り押さえられる、
「クソッ離せっ離せぇぇっやめろぉぉぉっ!!」

…そこで白刃を振り上げていた、その人間はフルレトを嗤った。

ザシュッッ

皆の目の前で父の首が刎ねられ、真っ赤な血が舞い…皆の悲鳴と怒号が轟く。
「うわああああああっ」
すぐに馬に乗って本隊のところへ逃げ帰ってゆく人の後ろ姿をフルレトは目に焼き付けた。

胸の中がどす黒く染まって瞳孔が細まる。
「殺してやるっ殺してやるっ!!」
剣を持ち、すぐに乗騎に跨ろうとしたフルレトをだが、村の最長老だった祖父が止めた。
「お前は母と妹をつれて此処から脱出せよ」と。

そんなことは到底受け入れることなど出来なかった。

「オレは誇り高い虎の一族!敵に背を向けて逃げるようなことはしない!!」

怒りのままにそう叫んで乗騎に手をかけたところで…背後から剣の峰で撃たれた。
意識を喪いはしなかったものの頭が揺れて軽い脳震盪を起こしたのだと知れて、膝をついたところで…仲間に縄をかけられた。
なぜ、なぜこんなことをするっと縋る様に見つめると、仲間たちは仕方ないと慈愛の視線を向けて「逃げてくれ」と皆が皆、フルレトに乞うのだ。
そのまま幼なじみだったベンガル虎種のバルールに仕方ねぇなと担がれる。

「ルルカちゃんにこいつとお母さんつれて逃げる様にかけあってくる。」

そして、それを承諾したルルカが乗騎を駆り、フルレト家族だけ…裏山の崖側から、やがて本隊が攻めてきて戦場になった村を背に逃がされた。
焔が村を弄る、暫くしてルルカがフルレトが抵抗しないとわかり縄を外してくれたが…崖の上から垣間見た故郷では若い獣人たちが必死に女を守りながら次々と狩られていった。
女たちのなかには見せしめに、その場で辱められるものもいた。

それをフルレトは目に焼き付ける…涙が溢れる。
許さない絶対に。
人間共、オレはお前を許さない、赦せない。


・・・赦せない、自分自身も・・・赦せないんだ。


だがいまフルレトの隣りには人がいる。
行き交う人が多すぎる都で離れないように手を繋いで歩く。
その温もりを感じながら、この人間がいてくれて良かったと思ってる自分が不思議だった。

『憎しみは続かないよ、お兄ちゃん。』

そうルルカに言われたことがある。
憎しみだけを糧に放浪し続けていた日々の中で言われた。
誰かと出会って、日常を懸命に生きて生きて・・・そうしたら憎しみは続かないんだとルルカは言った。
あの時は分からなかったが、今はそれが分かる気がして、そんな自分の変化もフルレトは嬉しかったのだった。
だから握った手を離さないようにギュッと握り締める…この温度に救われた。

**

いまフルレトと俺は宿屋を見繕うために再び聖都へ足を踏み入れている。
オレはアーサー王の容姿で目立ちたくないからフードを深く被り、フルレトとはぐれない様に手を繋ぎながら警備兵と行き会わないように人波の間を縫うように進んだ。

それで思ったのが…やっぱりアーサー王の容姿って人目を引くんだ。
うん、チョイス間違えたと思うよ。調子のってたけどさ、男子だもんヤンチャしちゃうよ。

聖都の上空には飛竜が舞い、立ち並ぶ商店は活気に満ちて国の内外から商人が集まり、白い石畳には段差も少なく、整備された水道や人々が集まる噴水の広間、凱旋門などフルレトは目を丸くして忙しなく目線を動かしていた。
中でも彼が呆けるほど見つめたのは、この城下町のどこからでも見える崖の上に聳えるような巨大な白亜の城だった。いや城というより山以上の大きさを誇るから…なんと言葉を尽くせばいいのかすら分からない。中央には空を切り裂くような高さの尖塔が聳え、それを中心に何重もの尖塔が立ち並ぶ、荘厳華麗な造り。
その白亜の城の周りには銀色の光…宮廷魔導師の守護魔法が飛び交い幻想的な空気を醸し出している。

あー我ながら領地経営頑張ったからなぁ。
惚れ惚れする城である。

市場や鍛冶屋その他諸々の家屋のレベルなどは当然MAXで、もうあんまり手を貸さなくても勝手に商人たちが市場を動かして税金ざっくざく状態。利益を生み出してくれるから有難いものだ。

だが観光に来た訳じゃあない。
今から明日の奴隷オークション二日目に備えて、宿を取る。
先程、「安い方が、皆を救う方にお金を回せるから安宿にしたいんだが」とフルレトが言ってきて、オレに気を遣う様に視線を向けてきた。
それはきっとオレが"将軍職"と勘違いしているから高位職種のオレを安宿に泊めるのを申し訳なく思っているのだろうが、別にオレはそんなことは気にしないので「安い方がいい、寝れればいいだろ。」と二人して裏路地の安宿へ向かったんだが。



「おい、金出してくれよ、腕の骨が折れちまったよ。」

裏路地に入って暫くして、勝手にぶつかってきて典型的な台詞を言う筋肉達磨のようなガラの悪い男たちに囲まれてカモにされてしまった…こんなことならオレの財布からお金を出して上宿にしとくべきでした。
いや別に怖くはないし、よく聖王に喧嘩売れたなとも思うが…面倒臭い連中の相手は好かん。

そう後悔しても後の祭りだが、フルレトはオレを彼の背と壁に囲むように庇ってくれて男たちを睨みつけている…庇われる程に弱くないけれど彼の気持ちは有難い。

でも、グルゥッて獣人特有の呻り声を小さくあげたからオレは彼に庇われながらも彼が獣人とバレるんじゃないかと気が気でない…幸い筋肉達磨には聞こえてないようです。
まぁ強さで言ったらSランクと出てる、フルレトの敵じゃあないだろうから傍観する。

「おい、テメェもなんとか言えっ、つっ!」

そして一人の男がオレの方に向けてガンを飛ばして、たまたまフードから俺の顔が見えたんだろう男が固まる。

「…ヤベェぞ、滅茶苦茶、上玉だ。」

そして舌なめずりをするようにオレをギラギラと見てきたから、男たちの視線が一気にフードから覗くオレの顔を見て欲望を滾らせる…正直に気持ち悪い。

「へへっこんな上玉なら男でもヤレそうだっ、売っても高いだろうしなぁ!」

そんな下世話な会話にフルレトの怒りが煽られたようだ。獣人の彼は人身売買など許せない性質だから、オレが何か言うより速く動いて、目の前にいた男の…急所を容赦なく蹴り上げた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

声もなく悶絶しのた打ち回る男…同じ性を持つ者としては同情を禁じ得ないが自業自得というヤツである。表情無くそれをやってのけるフルレトは流石だ、容赦がない。

そのまま悶絶し地面に倒れた男は放置して、フルレトは剣を鞘ごと抜き放ち、左右の男の腹を容赦なくドッと突く。前のめりになった二人に今度はそのまま剣を上げることで彼等の顎下をガキッと打ち据えた…舌噛んでないことを祈るばかりだ。
もんどり打つ男達が海老のように仰け反って地面に沈む…この間、一分にもみたない。
後ろに立っていた残りの二人はすでに及び腰だ。
Sランクのフルレトとランクも持たないモブでは相手にならないなぁ、そんなことを思っていた時だった。

「お前たち何をしているっ!」
見回りの衛兵に見つかってしまいました。
そうですよね、治安が低い裏路地っていっても此処は聖都…管理が行き届いている。
そして衛兵が見たのは…たかっていたゴロツキが地面にのされ、たかられていただろう俺たちがゴロツキをのした姿で…彼等が、どうしようと迷っているのがアリアリと分かる。
彼等の後ろにはワラワラと一般人が、もう安全だと思ったのだろう野次馬をし始める。

あんまり目立ちたくないとフードをかぶった顔を伏せた、その時。

「どうした」

…低い男らしい声が響いて、オレは聞き慣れた声に上目遣いに人混みの方を窺うと。

目にも鮮やかな紅の髪と、金色の瞳の男前の騎士が人波から割れる様に現れるところだった。
大柄で鍛え上げられた肉体は獰猛な肉食獣を思わせる。

太陽の光を浴びて、彼の髪が豪奢な朱金に染まる、彼の纏う鎧も磨き上げられた銀と紅のもので、その下に彼が好んで着ている紅の長衣の裾が翻り、彼によくあっている。
そして彼の腰には焔の魔剣・ガラティーンが朱色の光を滲ませる…その鎧も剣もオレが彼に似合うからと下賜したもの。

なんでこんな所に…『炎の騎士・ガウェイ』が居るんだ。

俺がレガンに捕らえられてしまったから、混乱を抑えるために彼自ら聖都の治安維持を請け負ったのだろうか…オレはこっそり彼を見つめる。
けれどヤッパリ目の前の猛禽のような男前の人物はどこから見てもガウェイで変わらないと思ったところで、何気なくフッと彼の金色の瞳が俺の方を向いたので、フルレトの背に隠れながら思わず顔を隠すようにフードを片手で引っ張ってしまい、それが不味かった。

「オイ…そこの男、この俺に顔を見せろ。」

そんな怪しい行動をガウェイが見逃すはずがないって分かってたのに…つい、してしまった。
フルレトが腕を出して、オレを庇う…けれどそれもガウェイの気を引くだけだ。

「人に顔も見せられないのなら…後ろ暗いと言ってるのと一緒だぞ。」

確かにガウェイの言うとおりだ。
ガウェイが俺たちに一歩近付くごとに衛兵とゴロツキは下がって彼に場所を譲る…その歴戦の勇将の覇気は流石だとしか言いようがない・・・けど、その後ろで衛兵がさりげなくゴロツキを踏んじばってるのに笑う余裕はなかった。

さっきと同じように壁際に追い込まれたが…さっきとは状況が逆転していた。

なにせこの『炎の騎士・ガウェイ』は、ランクで言えばSSSの騎士。SSのレガンですら凌ぐ。
何故なら…オレがSSからランク上げの重課金アイテム『破壊と創造』を何度も使ってSSSにしたのだ。
何度もっていうのは…失敗すると逆にランク落ちするからだ。
だからガウェイはSになったり…SSになったりを何回か繰り返してSSSになった。

なので彼に敵う者が居るとすれば…俺か、同じくSSSのヴェルスレムぐらいだろう。
他にも俺はSSランクの騎士を多数抱えてはいるが、この二人は飛びぬけている。

「ハァ…別にテメェらが犯罪者じゃなけりゃあ、なんもしねぇよ」
それはヤッパリ、ガウェイの性格を好ましく思ったからだ。
今にも切りかかりそうなフルレトを宥める様に紡いだガウェイの声は相手への気遣いが見て取れる。

(仕方ないな。)

俺は観念して深く被っていたフードをパサッと下ろした、途端に露わになる光を集めたかのような金糸の髪に森を思わせる深緑の瞳…精霊王にすら愛でられた古のアーサー王の姿。

ザワッと背後の一般人の野次馬が目の前に現れた容姿に息を飲んだのが伝わる、ガウェイもまさかこの姿を目にすると思わなかったのか…金色の瞳を驚愕で見開き、呟いた。

「…アーサー」

そうオレが彼に姿を見られたくなった理由がこれだ。
彼は神代の時、アーサー王に使えた円卓の騎士・ガウェインの記憶を全て持った唯一の騎士なのだ。
そしてガウェインは…アーサー王を甦らすために聖杯を持ち帰った唯一の騎士…アーサー王に対する執着は強いのである。
野次馬たちは、ただアーサーの美貌に息を飲んでいるだけだが、ガウェイは違う。
この容姿を持つ者が『誰であるかを知っている』のだから。

「・・・お前、名前はなんだっ」

喘ぐように、紡がれた言葉はガウェイの動揺を表しているようだった。
俺は意識的にニッコリと笑う。

「シュザーです。」

此処でも偽名が役に立ちました。

*****

ガウェイは知らずに自分が剣の柄を握り締めていたことに気付いた。
目の前の青年は透きとおるような金色の髪、深い森を思わせる理知的な瞳を持ち、その顔は艶麗で…心臓が冗談じゃなく止まるかと思った。

…あまりに前世の記憶でのアーサー王と瓜二つだったからだ。

「シュザーか」

神話の時代に亡くなった王が生きてるはずなど無い。
けれど願った答えとは違ったから、そう言われて気落ちした自分は確かにいた…
そんなガウェイの気持ちなど知らずにシュザーと名乗った青年は微笑む、アーサー王の顔と声で。
それがどんなに残酷な事か知らず。

「宿をとろうとコチラに来たのですが、絡まれて困ってしまい、
つい連れが手を出してしまいました…申し訳ありません。
何も無いようでしたらお暇しても宜しいですか?」

「被害届はいいのかっ」

つい声に被せる様にガウェイは尋ねてしまって、そんなガウェイを気にすることもなく青年はまた陽だまりのような笑みを浮かべ首を振った。
それはまるで罪人すら気遣うような仕草だったからガウェイの記憶が刺激される。
ただ、その笑みを見るだけでガウェイの心臓が痛む…もしくは身の内に宿る前世の魂が叫んでいるのか。

『アーサー、玉座には血は流れるものだぞ』
『ガウェイン…』
アーサーが自室でふさぎ込んでいる、ベッドの上で、力なくガウェインを見上げる姿に…守りたいと。自分の生命を投げ打ってでも、この王を守りたいと願っていたのにー…

そこでガウェイは意識を引き戻されて、白昼夢から覚める。
シュザーがもう一人のこちらを睨み付けていた青年の肩を促すように叩き、二人連れ立って裏路地のさらに奥へ向かうから…フッとそっちは治安が悪いと思った。

そっちは危ない。

「待てッ」

行ってしまう、背を向けた姿に焦る…行くな。

「そっちは治安が悪いぞっ」

思わず、シュザーという青年の腕を取ると、驚いた表情でガウェイを振り返り、見詰める深緑の瞳があった。
切ない虹彩に…惹きこまれそうだ。

「…ッ民を守るのも騎士の務めだ、お前の容姿は目立つ…俺の屋敷に招いてやる。」

命令口調な自分が厭わしい。
本当は目の前の青年を攫いたくて、側にいたくて仕方がないのを必死に自制してるのだ。

「余計な世話だッ」
だが返事はガウェイが思わぬところからした…シュザーの連れで、先程、ガウェイを射殺さんばかりに睨んでいた青年だ。

「何を言ってる、現にゴロツキに絡まれていただろうが、オレに招かれた方が賢明だろ」

この青年相手だと冷静になれる、ガウェイは獰猛に笑うと…青年は不快そうに眉を寄せる。
そこに再び凛とした声が響いた。

「分かりました…お世話になります」
「シュザーッ!!」

シュザーの言葉に反応する青年をシュザーは微笑んで宥める。

「大丈夫だ、フルレト。この方は有名な将軍だからね。
レガンとは広場で落ち合うことになってるし俺から言うよ。」

その親密な様子に、ガウェイは…妬んでいる自分を自覚し、苦笑した。
そしてシュザーという青年は微笑むのだ、

「よろしくお願いします」

アーサー王の顔と声で。
ガウェイの気持ちなど知らず…それがどんなに残酷な事か知らずに。






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