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その二日後に月宮組の跡目引き継ぎの儀式が本宅で行われることになり、流石に俺も月宮組次男として出席しないと不味いので久しぶりに自宅へ帰ることになった。
正直、黒田には会いたくないのだが惣一が計らってくれると言っていたので、安心していたのだが…正門に立ってベンツから降り立った俺たちを堂々と迎えに来るとは思わなかった。
惣一がオレの肩に手をあてて引き寄せると途端に黒田は眉を寄せる…だが俺も守られる弱い人間じゃないから大丈夫だと笑ってみせて黒田に声をかけた。
「久しぶりだな、黒田。」
あんま会いたくなかったけどな。
「坊にお話があります。」
「ここで話せ」
「憚られます、坊の親御さんのことなので。」
「つっ」
あまりにタイムリーな話題で俺も惣一も体を強張らせる…聞いときたい。
それにあと十五分もすれば跡目の儀式が始まるから黒田がオレをどうこうとか無理だろうと思った。
そしてこの時、実に久しぶりとなる「選択肢」が現れたのだ。
…ここでオレは深く考えなかった、それを後悔するとは知らずに。
…オレはこのゲームの残酷さを知らなかった。
「いいぜ…俺の部屋で話そう。」
途端に肩に置かれていた惣一の手がいくなと押しとどめるのを、オレは「大丈夫だって」と宥めて、まだなにか言いたそうにしている兄を跡目式へ見送った…俺も間に合う様に行くからと告げて。
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俺の部屋に黒田を先に入れてオレは襖付近にいて逃げ口を確保する、と黒田にからかう様に嗤われた。
「オレが怖いんですか?」
それは黒田に抱かれたことを思い起こすような問いだった。
けれどオレに浮かんだのは…憐れみだ。
惣一に抱かれて自分の中で何かが変わった気がする。
「怖くねぇな…不思議と全く。」
だがそれは黒田の怒りを煽るだけだったようだ黒田はハハハッと凄絶に嗤った。
「坊…坊がオレを選ぶなら、赦してあげようと思ってたんですがね」
「何言ってる、跡目引き継ぎ式が直ぐに始まるんだぞ…気でも狂ったか。」
ジリッとオレは後退する。黒田の瞳には狂気が確かに見えた。
男の色気と極道の持つ威迫とが混じりあっている…こいつは誰だ?
そして男はオレの目の前に何かのスイッチを掲げた。
「さぁ月宮家へ、さようならをしましょう、坊。」
ドオオオオオオオオオオンンッッガアアアアッンっ
次の瞬間に轟いた衝撃は屋敷を揺るがし、直下の地震が来たかと思うほどの衝撃がオレを襲って…バランスを崩したオレに黒田が腕を伸ばしてきたのでオレは鳥肌がたった。
それを振り払い襖を開いて、いつでも逃げられるような体勢で聞いた。
「今のはなんだっ」
「・・・ただ月宮の大広間が吹き飛んだだけですよ、坊」
黒田は何でもないことのように言い切る。
それにオレは心臓が潰されるような焦燥のまま視線を向けると…月宮本宅広間の方から轟々と火の手が上がっているのが分かった。
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ドオオオオオオオオオオンンッッガアアアアッンっと轟いた音と肌に感じた熱と重さに惣一が気付くと月宮邸の広間は火の海になっていた。
惣一は偶々上座を外して太い柱の陰にいたために火と壊れた屋敷の破片を受けなかったが…跡目式のために集まっている月宮の人間たちが其処かしこで破片に埋もれ火にまかれて絶叫する。
…地獄だった。
その地獄の中で「…惣一っ」と聞きなれた声に惣一が視線を向けると、上座で巨大な柱に押しつぶされていた父がいた。
「…血は争えんなぁ、惣一…やはりワシの子だ。悪運が強い。」
そういって笑うから、惣一のなかで長年の何かが氷解するのがわかった、駆け寄って伸ばされた手を握り締める。
「馬鹿いってんじゃねぇっ!オヤジは悪運がねぇじゃねぇか!」
幸い火はついていないが時間の問題のように思う。だが木片が刺さった父の腹からは血が流れ出ており…長くないことも一目瞭然だった。
「違う、な…オ…の悪運はオメェにやったんだ…俺の息子…に。」
ゴフッと血が口からあふれて止まらない、それに合わせて惣一の目から涙も止まらなかった。
なにかなにか言わなければ、言わなければっ!
そんな惣一を見て極道の男は笑うと、懸命に伸ばした掌で頬を一度だけ撫ぜ、力なく落ちる。
…それが関東一帯の総元締め月宮組組長。月宮 源志の最期だった。
「嗚呼、あああああっっ」
力なく落ちた手に縋って惣一は泣きじゃくる。
「オレはオヤジだなんて認めてなかったのにっなんで…最後の最期が…親なんだよぉ。」
孝行なぞしていない。憎悪した…家を父を母を嫌っていた…。
何故だ、何故だ。
悲哀と絶望が惣一の胸を黒く染め上げる。
炎が肌を弄る、人が生きてゆく世界じゃない。
此処は。
人が生きてゆく世界じゃないのだ。
人が焼かれる匂いがした。
火にまかれて逃げる場所は分からない。
そんな時に惣一のズボンに入れてあったスマホが着信で震えた。
*****
炎がなぶるように屋敷に広がってゆく、逃げ行く人々とは逆に駆け抜けて、黒琥は最短で月宮の広間前まで来たが…そこから先は進めなかった。
黒煙と熱とにまかれ、なかにいる惣一のことが気になっていてもたってもいられずに…スマホを手にして。
数日前に交換した番号へコールすると、直ぐに繋がった。
「惣一っ!!」
『黒琥』
その玲瓏な声は電話越しだからか暗い、それなのに何故か惣一は焦っているようでは無かった。
「何処にいるんだっ今広間が爆破されてっ」
『…悪い』
なぜかその一言で黒琥は惣一がまだ広間にいるのだと感じた。
思わず、火があちこちついている渡殿を駆け抜け、庭に飛び降り、なおも広間に向けて駆けた。
「…早く安全な所に出て来いよっ!」
叫びながら、それが心のどこかで難しいのだろうと分かっていた気がする。
もう火が広がっている、けど庭に出れば何とか大丈夫だ。庭の木々にも火は燃え移っているが何とか進める。
「早く庭に出て来いっ!惣一っ!」
黒琥の目の前には炎に呑まれている広間が見えて、けど叫ばずにおれない。
『ホントお前は最高だな…俺たちはもしかしたら違った道もあったのかもしれないな』
電話越し聞こえる炎の音なのか、いま直接聞こえる音なのか黒琥には区別がつかない。
ただ切なく響く笑い声に…涙が溢れた。
「なんだよ何で、笑ってるんだよ、気持ち悪いんだよっ!」
悪態をつきたい訳じゃない、ただ側に居たいだけなのだ。
『もう時間がねぇよ、黒琥』
そしてその時は来て…柔らかい声で名を呼ばれた。
「いやだっいやだぁっ」
『なぁ黒琥、聞け。』
宥められれても、こればっかりは無理だ。
『…愛してるぞ…オマエはオレの弟で、想い人で、最高の片割れだ。』
玲瓏な声で囁かれた言葉に…胸が痛くなるぐらい切なくなる。
「信じらんねぇ…なんで、いいからっ早く俺の側に来いよ!!」
お願いだからっと叫んでも、惣一は嬉しそうに笑い声を響かせるだけだった。
『じゃあな…お前はもう月宮に縛られんなよ。』
プツッと音が途切れる。
「いやだぁっやめてくれえぇぇっ!!惣一っ!!」
その時、ちょうど屋敷が大きな音を轟かせ、くずれ落ちていった。
なにもかも飲み込んで巨大な屋敷の一角が崩れる、黒琥の心すら焼き尽くすような焔だった。
*
大火の後には雨が降るというが…暫くすると、まるで惣一と黒琥が初めて情を交わした夜のような雨が降り始めた。
遅すぎる消防と警察は拳銃で自殺していた黒田を放火の容疑者として立件。
焼け跡から複数の人間の遺体を回収して…その中には年配の男の手を握りながら、死んでいた若い男の遺体もあったそうだが黒琥は見ていない。
だからきっとあと少ししたら惣一は雨の中で帰ってくる筈なのだ。
だって夕食は一緒に外食すると約束したんだから。
ざぁざぁざぁざぁざぁ
音がやまない。
躰が震えはじめたから、早く抱きしめて。
低体温症だろこれ、早く温めろよ。
そこにパタパタと忌々しい音が聞こえた。
「BADルートの回収オメデトウ!!!
ゲームは終わらないよ〜♪どうする記憶とデータを持ったまま『やり直し』するかい?」
これはゲームなのだろうか、それとも最悪な現実なのか。
でも何でもいい、これを変えられるのなら何でもいいと思った。
黒琥は蝙蝠を強い眼差しで見上げる。
…そこにはかつて自分が抱かれることを怯えていた少年の姿はなかった。
「する…このゲームを終わらせてやる」
黒琥のその答えに満足するように蝙蝠は嗤った。
「ハハハァッ君は面白いねぇ、じゃあゲームクリアまで頑張ってねv」
そういって蝙蝠がチュッと投げキッスを送ると、雨の中で佇んでいた少年の姿は神隠しのように消えうせていた。
さぁ次はどんな話が見れるかなぁ、ねぇ君はどう思う?
あの惣一さんと黒琥の月宮組ツートップエンドも見たいよね?
白鷲財閥の悪行を白鷲とぶっ潰して、迎えるエンドも見たいよね?
黒田の愛欲のエンドもたまらないよぉ〜♪
あとね腹黒王子と切り込み隊長の冬樹のエンドは青春ぽいし、
あっそうそう新キャラクターはねー…あっごめんね、さぁゲームが始まるみたい。」
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ゲームを始めますか?
⇒Yes No
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