過去編3〜4『奴隷オークション』〜

*****

ガチャンッと叩きつられる様に落ちて割れた水差しにヴェルスレムの意識は遠くから引き戻された。
自室で少し椅子に座ってうとうとしていたらしい。
嗚呼そうだ水を飲もうと思ったのに飲む気にならなくて、少し椅子にかけた…それだけだったのに。

最強の名を欲しい儘にする騎士は自嘲の笑みをこぼした。
『聖王』が攫われてから眠らずに捜索隊の指揮を取り続けていた彼の肉体は疲労が溜まり悲鳴をあげている。けれどそんなことはどうでも良くて、ただ聖王のために動いていたかった。
「陛下…」
喪うかもしれないという恐怖だけでヴェルスレムの精神は削られた。

否応もなく彼が思い出すのは前世の記憶だ…まだ全てを思い出した訳ではない。
けれどアーサー王の遺体を抱きしめて慟哭するランスロットだった自分の記憶がヴェルスレムを苛んだ。
『ちがうっ俺はっ貴方だけが側にいれば良かったっ』
聖廟で聖剣を抱いて眠る王に縋って、頬を撫でても眠る王は決して瞳を開けてはくれない。
最強の騎士として呪われた自分には、自決も、他者に殺されることも許されてはいない。
そしてアーサー王と共に『神の恋人』として不老になった自分はアーサー王がいない世界をこの先、何十、何百年と生きなければならない。
『誰かっ殺してくれぇ…』
どうして貴方がいない世界で生きられるというのだ。

「貴方のいない世界など…壊してしまいたい。」

ぽつりっと零した冷淡な声。それにハッと意識が浮上する。今自分は何と言った?口をおさえてヴェルスレムはかぶりを振った。
疲れているとランスロットやモードレッドの魂に引き摺られる。
全て自分が未熟なのだ。
そして彼は溜息を零すと…少し休もうとベッドへと向かったのだった。

*****

その頃、獣人の一行は聖都・ヒュンベリオンへアッサリと侵入した…というのも『夜鷹の盗賊団』が商人から分捕った『通行証』を見せたからだ。流石に都市への侵入など手慣れている。
討伐が難しい『夜鷹の盗賊団』だけある。
もしオレが特別クエスト『盗賊王の依頼』を発生させなきゃ彼等とは敵対してた訳だし、あまり敵にはしたくないものである。
聖都の治安低下が激しい界隈に辺りをつけて、風体の悪い奴に金を握らせれば奴隷売買がある場所をアッサリと吐いて、辿り着いたのは寂れた居酒屋…だがそれは表向きのことだ。
金を握らせて「奴隷を買いたい」といえば奥にあった地下に通じる階段を示された。

此処に来るにあたって俺たちはレガンと俺。あと腕の立つフルレトという虎の獣人の三人で潜入する。他の連中は助けた奴隷を連れて聖都を脱出するために逃走経路をつくってくれている。

俺たちはランタンを持った男を先導に煉瓦作りの広い階段を下りていき…やがて巨大で鉄鋲が打ち付けられた扉と仮面を被った警備員がいる広間へ出た。
先導の男が「客だ」と告げれば、ギギッと重い音をあげて扉が開かれる。
大人が三人手を広げても足らない程の扉で酷く重そうだ…おそらく此処からの脱出を封じているのだろう。そして開けられた扉の向こうには豪奢な円形状の舞台があつらえられていた。

先導の男はランタンに照らされた醜悪な顔を歪めて俺たちに言った。

「奴隷オークションの競りが今日から始まりますよ、お客さんは幸運ですねぇ」

ひどく癇に障った、隣の二人を見れば殴らないように手を握り締めて必死に耐えている。
自分達の親を殺し、女子供を攫った人間を殴らないように耐えなければならない彼等の心中を想像することしか出来なかった。

*****

奴隷たちは一様に暗い顔をしていた。
自分たちは今から商品として売られるのだという絶望が彼等を支配していた。
鉄格子は太く強く、とても出られそうにない上に足枷と手枷には魔力封じの呪が施されて誰一人魔法は使えない。どこからが攫われたのだろうヒューマンである若い娘数人と魔族の若者一人以外は全員が獣人だった。女子供、数人の若い男…子供は皆が皆、母に縋って泣いている。

希望など無い、そして「奴隷オークションの一日目」は始まった。

*****

悪趣味な舞台上にカッとスポットがあたり、舞台袖から男が一人現れる。

「紳士淑女の皆さま!これより奴隷オークション一日目を開催いたします!!
今回は運よく獣人を数百人ほど大量に入荷しましたので、愛玩にでも、兵隊にでも、好みの者を落札してくださいませ!!また最終日である三日目には魔族とヒューマンのオークションもございます!!」
そう言った肥えた奴隷商人は媚びた視線を舞台上から観客席にいる「客」に向けて嗤った。

レガンは盗賊業で稼いだ、ありったけの金を持ってきていた…これで家族を買い戻す気なのだ。
全部で305000程ある。一般的にBランク獣人が5000リラ。Aランクになると25000に跳ね上がり、Sともなると200000リラになる。
攫われた獣人は213人。女子供であることを考えればBランクだが、いかんせん数が多すぎる。
1065000リラは単純計算でかかるのだ。
今日は71人の獣人が裁かれる…それだけでも355000リラだ。
初日でスッカラカンになるレベルだが…引くわけにいかないのだ。

「まず初セリとして獣人の生娘をオークションにかけます!」

そして現れたのは隣りにいる虎の獣人・フルレトに似た面差しの気の強そうな少女だった。
すると俺の左隣に座っていたフルレトの咽喉がグルゥッと鳴る。
「ルルカ」
名を呼ぶ声には切なさが篭もっている。
「フルレトの妹だ」
レガンが短く答えた声に俺は舞台上の少女を見つめた。

「この獣人の娘は武芸にも秀で、なんと生娘!
貴方さまの色に染めるも自由で御座います!
初セリを祝しまして、開始価格は10000リラからです!」

下劣な奴隷商人の言葉に吐き気がして俺は今すぐにこの茶番をぶち壊したくなったが…まだその時じゃないと耐えた。怯えながらも毅然と前を向いて誇りを喪っていない少女を助けたい。

そして俺の隣りで座席に座っていたレガンは奴隷商人が言った値段に目を細める、価格が市場価格の倍だ。だが…これを逃せば助けられない。
まずは様子見で手を挙げないでいると「初セリ」を落札する誉を得ようと、次々と「客」が手を挙げてアレヨという間に…21000リラまで跳ね上がってしまった。
「もう、いらっしゃいませんか?」
「つっ」
レガンは手を挙げた。
「22000」
「有難うございます、お次はいらっしゃいますか。」
すると俺達より前に座っていた男の手が上がる。
「23000」
「はい、次はございますか?」
厳しい、厳しいが手を挙げない訳にはいかないレガンは手を挙げる。
「24000」
「次はございますか?」
そして前の男は手をあげた。
「30000」
ざわりっと「客」がざわめくのが分かった。
そりゃあそうだAランクで25000リラなのだから…客が提示した額は破格の値段だ。
男はマスカレードを被り、纏う服や佇まいから上流貴族と分かる。
ぐぅっとレガンが呻く。
だが彼が手をあげようとするのを…他の誰でもないフルレトの手が押しとどめた。
「…これ以上、妹にかけたら、仲間は取り返せませんっ」
噛みしめるように、くぐもった声を引き絞る。

目の前にいる肉親を取り返せないって…どれだけ辛いんだろうなって俺は想像するしか出来ない。
だから…俺は手を挙げた。

「つっシュザ―?」
レガンの驚いたような声に俺は大丈夫だといいたげに微笑む。
奴隷商人が俺に視線を向けると俺は言い放った。

「50000リラだ、文句あるまい。」

周囲の客たちの驚愕の空気…市場価格の10倍の提示。
誰も手をあげることはなく、そして俺は彼女を落札した。

そもそも『聖王』としての俺の所持金はもうメーターが振り切っている。
レガンが持っているお金より大金を所持しているけど仲間を自分たちのお金で救おうとしている彼等に敬意を表して、出しゃばらないようにしていたが…これは別だ。
だってこういう時じゃないと、お金って使わないし。

驚愕の表情で俺を見ているレガンとフルレトに俺は微笑んで見せた。

「俺はけっこう金持ってるぞ?」

結局、俺とレガンが交互で落札して今日の奴隷オークションの71人全て俺たちが救い出した。
レガン達の出費は計35人167000リラ、俺の出費は36人の計250000リラとなった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -