ACT.弁慶




弁慶さん…


フッと呼ばれた気がして…闇の中,ぽっかりと彼は帳台で瞳を開いた…そして苦笑する…

有り得ない…彼女が僕を呼ぶ筈は無い…

僕は彼女を裏切ったのだから…

傷付いた瞳をしていた…彼女に消えない傷を作ってしまった…


弁慶さん…


流れる雲のように…あまりにも早く光に満ちた日々は過ぎた…白い繊手を僕に伸ばして…甘く僕を呼ぶ声…僕だけに見せる弱さを湛えた漆黒の瞳…それゆえに他の八葉に対する優越感が少しと言えず存在したけれど…

もう二度と彼女が僕に心を開くことは無いだろう…

永遠に…

それは頭で理解してることなのに…胸が痛みを発した…

理解していても…求めずにはいられない…その存在…この世の全ての清らかさを集めた僕の光…僕だけの神子…

九郎が『人質は俺にしろ!!』と言った時…僕は『君にそんな価値など無い』と言った…けれど違う…源氏の『戦場の総大将』である九郎でも…きっと清盛は納得しただろう…ただ…九郎を連れて行けば彼が殺される危険があまりにも高いのと…


僕が僕自身が…彼女の側に居たかった…


側にいたい…


離れたくなかった…この身が彼女の存在を感じていたかった…



源氏と平家の陣では遠すぎる…せめて…同じ陣で…



最期を迎えたかったんだ…僕が…



ポタッ



知らず冷たい何かが頬を伝った…仲間が大勢,犠牲になった時に泣かないで…自分の悲哀で泣く自分が酷く醜くて…吐息をつき…


御簾と紗幕から刺してきた朝日が眩しくて…罪深い僕には,あまりに眩し過ぎて…瞳を伏せた…


今日で全てが終わる…


君の望み…僕の望み…それを僕は独りで叶えます…大丈夫…絶対に君は守ってみせる…誰にも君を傷つけさせない…


たとえ僕が死んでも…


そう…今日で全てが終わる…終わらせてみせます…





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