『小十郎と政宗』



幾許か風が寒くなってきた、十月十日・・・奥州は冬も間近だ。

小十郎は褥の中から、ふんわりと笑った。

「今日は政宗様がいらっしゃる」

彼のととのった顔には押し隠せない衰弱と病魔の陰があった。

「独眼竜政宗の在るところ、必ず側近に片倉景綱在り」と称され、
上杉景勝の臣・直江山城守兼継とともに「天下の陪臣」と謳われていた頃のようには、
ままならない体であった。

けれど・・・

そこで彼は、徐に視線を床の間の白磁の壺に向ける・・・

それはかつて・・・

政宗から下賜された宗磁であった。



「小十郎、顔色が良いな」

時刻は未ノ下刻、午後三時ほど・・・障子戸に秋日和の陽が明るい。

政宗が室に入った時、小十郎は布団の上に身を起こしており、不自由な手をついて政宗を迎えた。

半身不随のの無残な病体・・・だが政宗が小十郎の瞳を見て、幾分かホッとした。

英知と鋭い洞察力を秘めた瞳は昔のままであったから。

「小十郎は、今回の大阪の陣をどう観る?」

「あの駿府の家康のことゆえ」

と景綱は、静かに答えた。

「恐らく初戦は、すぐ和議に持ち込むことでありましょうから、
無理して兵を痛めたりせぬようになされませ。

再戦は年を越してからとなりましょうが
、その時こそがとどめの決戦であります。

存分に天下に伊達家の働きを天下に示しなされませ。」

そして徐に小十郎は居住まいを正して、

「殿におねがしたい儀がございます」

その真剣な色合いの瞳に政宗も知らず、心が引き締まる。

「なんだ?」

「何卒、わが倅・・・小十郎重綱に先陣を仰せ付けて下されませ」

ついその願いに政宗は笑った。

先陣を願うのは武人の宿業・・・病んでなお、我が子のために先陣を願う。

「やはり、お前は武人だな」

病をえてなお変わらぬ心根に感嘆を上げずにはおれなかった。




翌朝、卯の下刻、七時・・・
乳白色の深い秋霧の中・・・
政宗率いる一万余の大兵団が進発した。

これを小十郎は輿に乗り、城外まで見送っている。


まるで馬上にあるような姿勢をして・・・


これが政宗が小十郎を見た最後となった・・・




大阪の陣は小十郎の予言通りに進展した。

冬の陣は和議で終り、翌慶長二十年五月、夏の陣となる。

政宗の先陣は小十郎重綱であり、彼は敵武将の首級を四つ五つほども掻き取る凄まじさで、敵味方から「鬼の小十郎」と謳われた。


こうした嫡男の活躍に、遙かなる奥州白石城の景綱は微笑した・・・

政宗様を守る刀を息子に託した・・・

何十年も政宗様と共にあって・・・幸福だったのだ。

産まれは不遇で辛酸も舐めて、家も追い出された・・・

けれどそれでも幸せであったのだ・・・

数え切れない戦場を竜と共に駆け抜けた・・・

「幸せでございました」

そう小十郎は微笑した・・・

そして同年十月、百舌の啼く声を聞きながら、ひっそりと五十九年の生涯を閉じた・・・

そう報告をうけた政宗は一瞬絶句する、

共にいた、何年も何十年も共に・・・

命を助け、助けられた・・・何度も。

「金の鎖にても、ならばこの世に繋ぎ止めたかった」

と涙を止め処なく、こぼしした。

逝ってくれるなと、伝える術すら無い。



『東奥老士夜話』にいう、伊達領南端の要衝・白石城・・・

小十郎曰く、

「白石片倉氏の氏名は、仙台藩征伐に襲来する雲霞の如き幕府軍を、この地で死守することにある」

常に政宗の傍らにあって支え続けた、軍師・小十郎の晩年は、
伊達家のために、白石城の守りを固めることに費やされた。

そして小十郎が睨みをきかせている限り、
ついに誰も仙台藩には手を出せなかったのである。

けっして誰も仙台が攻められることは無かった・・・

時は流れ、寛永十三年。

白石城を訪れた政宗は小十郎の嫡子・重綱の手を握り、隻眼に涙を滲ませながら、晴れやかにこう云ったという、

「亡き小十郎は、余のかけがえのない片腕であった」と・・・

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