カーテン越しに囁く声。(三成)
カーテン越しに囁く声。
アイツとクラスが変わった。
学校の外の掲示板に張り出されていた新学期のクラス替え表を見て、俺は少し、驚いていた。
アイツ、三成は変わった奴で余り食事を取らない。
友達とか、後輩とか、恋人とか、そういった人付き合いにも興味を示さない。
孤高、というんだろうか。
だから俺はアイツとは関わらなかったし、関わろうとは思って無かった。
それなのに、三成は持久走の日に倒れたのだ。
保健委員の俺がアイツをエイコラ、ホイコラ運び保健室に連れてくと、
先生は笑顔で三成に脱水症状と睡眠不足のダブルパンチです、と朗らかに告げた。
「阿呆か」と想った。
呆れながらも、普段の姿からは全然遠いどこか抜けた姿に可笑しくて、
俺はなんか三成に親近感が湧いて、三成の意識が戻ると宣言した。
「お前の体調は俺が診てやる!!」
「・・・・・いらん」
メラメラと不健康な三成を更正させる意識に燃える保健委員の俺の言葉は三成の一言で一蹴された。
でも、そこからだった、本当の意味で俺達の関係が始まったのは。
親に手作りの弁当を俺の分も合わせて、二つ作ってくれと言ったり・・・結局、母に嫌がられて自分で三成の分も合わせて弁当を作った。
体育の時は必ず三成用ペットボトルを用意した・・・先生も三成が一回、脱水症状で倒れているから快く承知した。
そして事ある毎に絡んだ。
「石田、芸術鑑賞の班さ、俺んとこ入れよ」
「いらん」
なにコイツ、いらんしか言えんのかいな。
でも結局、腕をグイグイ引っ張って入れさせる。
同じ班の政宗が凄い嫌がっていたけど。
「おーい石田、メシ一緒に食おうぜ」
「黙れ」
なにコイツ、人と会話しろっての。
NOかYESでせめて返事しろ。
でも結局は一緒に食べる。
「なぁ三成って呼んでいいか」
「いちいち聞くな」
・・・確かに。
そんな穏やかで、なんか気位高い猫みたいな三成と過ごした高校一年はなんだかんだ充実していた。
俺は変わったクラス替え表を見て、ふんわり笑って其処を後にした。
三成と離れるのは、寂しいけど・・・アイツも俺も、新しいクラスで楽しく過ごさなきゃと想ってた。
視界を振り仰げば、櫻が咲いている。
櫻の花弁も風に煽られ、足元でふわりと舞っていた。
クラスが変わった。
それは新学期だから当然だ・・・予想されることだ。
だが・・・私は、真貴と一緒のクラスじゃなくなった。
張り出されたクラス表を見ながら、少し、ほんの少しだけ胸が痛かった。
真貴は変わった奴で、私が不摂生な生活をしていると、事ある毎に口を出してきた。
手作りの弁当まで用意して、今日の三色弁当は会心の出来だ、とか言うから食べてやったら、少し焦げてたりする・・・仕方なく、全部食べるが。
周囲も私と○○の関係を面白そうに見ていた。
誰か止めろっ!と最初は思っていたのに、それが段々と暖かくて、それが当たり前になった。
そして、○○は私を決して一人にしない。
「石田、芸術鑑賞の班さ、俺んとこ入れよ」
「いらん」
いつも、班割りなど適当にしていたのに、○○は私の腕をグイグイと引きずるようにして同じ班に入れさせる。
同じ班の伊達が嫌がっているのなんてお構いなしだ。
口では悪態ついても、それでも私を選ぶ○○に、伊達に対する優越感が湧いたりしていた。
私は、可笑しい。
いつも朗らかで、
「おーい石田、メシ一緒に食おうぜ」
私を呼ぶ声が恥ずかしい奴だと想う。
「黙れ」
言っても分からないだろうな。
でも、その明るさは少し、私の気持ちを軽くする。
「なぁ三成って呼んでいいか」
真剣に聞くな、呼びたければ呼べばいい。
なんて恥ずかしい奴だ。
「いちいち聞くな」
神妙に頷くな。
その真面目さは少し、信頼できる。
胸が暖かい。
初めてだった・・・生活がこんなに楽しいのは、初めてだった。
○○がいた高校一年は、まるで陽だまりの中に包まれていたようだった。
春だ、新しい学期。
視界を上げれば櫻が儚く咲いている、それが切なかった・・・切なく想う自分に笑えた。
そして私はその場を後にしたのである。
数週間後。
新しいクラスに少しばかり慣れた頃、真貴は健康診断のプリントを貰うために保健室を訪れた。
「失礼します」
言葉と同時に保健室の扉をガラッと開ける。
だがいつも先生がいる保健室のデスクには誰もいなかった。
窓から吹く春風が頬を優しく撫ぜる。
「あれ?留守かよ」
この時間に来いと言ったのは先生なのに。
プリントだけでも貰おうと、保健室に足を進めると、一つのベッドだけカーテンに仕切られていた。
あ、誰か休んでるんだ・・・やべぇな、声出しちゃったよ。
そう想ってると、そのカーテンの中から声が響いた。
「・・・○○か?」
凛と涼やかな声が耳に届く。
俺は瞳を見開いた、三成だ。
「おぅ、俺だよ。久しぶりだな、三成。」
だがカーテン越しの三成は黙ってしまう、おいおい、挨拶から義務教育を受けなおせよっ。
「三成〜?」
僅かばかりの不満を込めて間延びして三成を呼んで、ベッドまで近付く。
「貴様・・・黙れ、其処から動くな、さっさと出て行け」
貴様呼びかよっ!?
動くな、出て行けって矛盾してるしっ!
ふくふくと俺の堪忍袋が膨らみ始めました。
あれ、でも・・・
「お前、体調悪いのか?」
俺が一年かけて生活の何たるかを教えたのにっ!
三成、もう仕方ねぇなぁ。
「おい、大丈夫か?熱でも・・・」
ベッドのすぐ側まで歩んで、カーテンを開けようとすると、
「やめろっ」
久々に聞いた、三成の怒声。
「私に構うなっ」
どうせ離れてゆくのならっ
その言葉に俺はなんか知らないが冷水を浴びたように、ショックを受けた。
三成の寂しさを俺は全然理解してなかった。
一年間、三成の側にいた、友達ってことは変わらないって想ってた。
でも知ってるんだ、三成は。
環境が変われば付き合う友人も変わる。
努力しなきゃ、環境の変化という壁は人を簡単に離れさせてしまうということに。
それを敏感に感じてる三成に、なんか申し訳ないことをした。
「・・・悪い」
何に対しての謝罪なのか。
でも俺はここで三成と積み重ねた想いを失くすつもりなんて更々無いんだ。
「三成・・・俺・・・お前のこと大事だぜ、そりゃ最初は親しい訳じゃなかったけどよ。」
じっと三成が俺の言葉に耳を傾けている気配がする。
「俺、お前と居ると楽しいし」
だから・・・お前が俺を置いてくれた心の場所は失くしたくないんだ。
お前が俺に許してくれた場所を失くしたくない。
そう真剣に囁いた。
あれ、告白みたいだ・・・少し可笑しくてクスリッと微笑むと、次の瞬間。
カーテンごと三成に掻き抱くように抱き締められた。
「っつ!」
カーテン越しの抱擁。
俺は立っていて、三成はベッドだから腰あたり、力強く抱き締められる。
この不器用な友人が俺は大好きだと想う。
「おい、三成。もう出て行けって言わないのかよ」
そう意地悪で言えば。
三成はカーテンの隙間から、俺の体を掻っ攫った。
勢いよく、俺の体はベッドの上に仰向けに転がる。
あれ?どうやった、お前これ・・・
そして上に三成が覆いかぶさるように、俺を見下ろしている。
「覚悟しておけ、もう逃がしてやる気は更々なくなった」
真剣な玲瓏な声。
色素の薄い髪が、窓から流れてきた春風にさらさら流れている。
あ、こいつホント格好は良いんだよな、生活力はゼロだけど。
そんなことボンヤリ想ってる俺に。
三成が陽だまりのように、それこそ飛び切りの微笑を、その端正な顔に乗せた。
いつも表情が乏しいだけに、その微笑だけで何か神像に、生が吹き込まれるような感動が俺の胸を暖かくさせる。
三成の唇がゆっくり、動く。
カーテン越しに囁かれた声は・・・
もう何物にも遮られる事無く、
俺の耳朶に優しく響いた。
す
き
だ
<完>
◇