海〜神子〜
この衝撃を何て言えば良いのか…君という存在は何なのか…
答えは…ゆらゆらと波間へと…消える…
その瞬間、渡殿で溢れた白銀の光は…伊予の館全体を包んだ…
まるで夜を照らす…月読のような…光…さらさらと…包む光…
白銀に輝く神気…それは『神子』なる者の証…
それは…はるか京の戦いで『翡翠の心を砕いて消えた者』の証…
サアアアァァァと光が圧倒的に満ちる…常人には到底耐えられぬ力が真貴から発せられ…
香季は真貴から手を離し、渡殿に倒れ伏した…
途端に真貴の体は宙に浮き…さらに光を放ち始める…
けれど翡翠には…香季のように倒れ伏すことは無理だった…膝が倒れそうになっても…それは翡翠の魂が許さない…
最も彼が憎む『龍神』の力に屈することは…彼自身が許せはしない…
ただ…その『光』…先程まで真貴を形ずくっていた鮮烈な『光』を見つめる…
遥かなる京の都で…翡翠が失った者…彼女は京を守る為に『応龍』の贄にされた…
そう…死んだ…
まさに今の状況に酷似していた…同じと言っても過言では無い…
この『神気』は、まさしく『龍神』の物であるがゆえに…
翡翠が『地の白虎』であったゆえに…
わかってしまう…哀しい程に…
真貴は『神子』なのだと…ただそれだけで翡翠に愛しく哀しい『想い』を溢れさせる『神子』だと…
サアアアアァァァァ…
さらに瞳が開けられぬ程の光が発せられる…
「つっ!!真貴!!」
翡翠には何も出来ない…ただ見ることだけが…彼に許されていた…
あの絶望…無力感…未だに翡翠を苛む『喪失の記憶』…
それが上塗りされようとしていた…
巡る季節の中で…君と出会った…
逝かないで…君だけだから…
言葉に出来ないほどに…君が大切なんだよ…
『ねぇ…翡翠…』
想う面影…鮮やかな漆黒の髪…白磁の肌…それらが紅葉を背景として映えていた…
『なんだい?真貴…』
『人は死んだら何処へ行くのかしら…』
さやさやと秋風が私達の間を凪いだ…それに微笑んで…
『さぁ…あいにく死んだことが無いのだよ…』
そう私が言って『真貴』を抱き寄せると『真貴』は私の裾を握って俯く…
其処で…ふわりっと視界の隅に舞い降りた紅葉の紅が…今も目に焼きついている…
もし…時空が戻せるのなら…
君が望む言葉をあげるのに…君が私の『死んでも共にいる』という言葉を欲していたことなど…判りきっていたのに…
少し意地悪をしてしまった…
君が…この僅か後に消えることを知らなかったから…
君が…応龍を呼び出すだけで消えなければならないことを…知らなかった…
龍神の神子…その存在…
私の腕から擦り抜けた宝玉は…その稀有なる力故に砕け散った…
そして…また…目の前の『真貴』も神子なのだ…
このまま…消えることが…何故か理解していた気がする…それはもしかしたら直感と言えるものだったかもしれない…
だから…以前のように…手の出せないことになる前に…『龍神』が降臨する前に…君を繋ぎ止めなくては…
そうしなければ…そう出来なければ…自分が…『死ぬ』気がする…
否、自分が『壊れる』気が…した…
翡翠はすぐさまシュルッと流星鎚を腰から解いた。
真貴を『此処』に留めるために…絡め捕ろうと想った…このまま…
けれど、翡翠が投げた流星鎚は…バチッとした音をたてて白銀の光に弾かれる、
「つっ!!」
ジンッと手が痺れて…翡翠は流星鎚を落とす…その間も『神気』は増して…翡翠の膝を倒れさせようとする…翡翠の魂を屈しさせようとしている…
けれど翡翠は常人には耐えられぬ力に全力で抗った…彼の額には苦痛からの汗が見える…ギリッと翡翠は唇を強く噛んだ…
『心』を喪えと…私に再び…
やっと見つけたのに…
やっと見つけた?
『真貴』の代わりを?
それとも…
それとも…
私の後ろで囁いているのは誰だ?
それでも…失えない…今度こそ…失いたく無い…
翡翠はスッと前を見つめた…ちょうど真貴が居るであろう『光』の中心を…決然たる決意の瞳で…
そして翡翠は其処へ向かって一歩、一歩、進み始めた…
じりじりと進むごとに押し潰されそうになるのを耐えて…真貴に向かって…
「行かせない…真貴…許さないよ…」
言葉すら紡ぐのも辛い…圧倒的な神気…けれど翡翠は諦めなかった…徐々に薄っすらと真貴の姿が翡翠の瞳に映る…
「真貴!!」
翡翠は手を…さし出した…
誰かの声が聞こえる…酷く哀しい声で私を呼ぶ…貴方は誰…
低くて甘い声が綺麗…心地良い…
まどろんでいたいような声…
『真貴!!』
誰…何故、そんな声で私を呼ぶの…
景時さん…違う…こんな風に哀しい声で私を呼んだりしない…
貴方は…貴方は…この声…哀しく私を呼ぶ声…貴方は…
ひ,すい…
パッと真貴は黒曜石の瞳を開いた…そして瞠目する…目の前に翡翠が居たから…
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