海〜衝突〜

『大丈夫よ…私は翡翠の前から消えたりしない』

『真貴…』

『そんな顔しないで、翡翠……愛してる……』

『…愛してる…』




どれくらいの時が経ったのだろう。

「すまないね…」

翡翠は真貴から手を離した。

ザアァァァァアァァ

潮音が響いている、その中で翡翠はフトッ気付いたように真貴に笑う。

「そういえば…お互い名前すら言ってなかったね…私は翡翠と言うんだ。姫君の名前は?」

真貴は自分の顔を指差した。

「私ですか?」

その様に翡翠は楽しそうに笑う。

「そうだよ。」

「わたしは真貴です。本宮真貴。」


その言葉に翡翠の瞳が今まで無い程に驚きと悲哀で見開かれた。




今でも鮮やかに想うのは…君の面影…

『私は真貴よ。本宮真貴…』

恋など知らなかった…私も君も…だけど愛に落ちた…

『私は君が好きだよ…』

囁いた言葉に微笑む君は儚くて…どうしようもない焦燥に駆られた…

いつか君が私の前から消えるのではないかと…

ソレハ予感デハナカッタカ?

そして君は死んだ…私を残して…死んだ…

なのに何故、こんな人間がいるのだろう…真貴と同じ名前の女性…

私の真貴は、もういないのに…

……何故、コノ女ハ生キテルノダロウ…

龍神よ…お前に、そんな権利があるのか…

人という鎖から抜け出せない私を…お前は嘲笑して、こんな戯事を、するのだろう…


私を壊すために…





ザアアァァアァァ…

潮音が潮風で流れてゆく…翡翠の『想い』の琴線に触れたことを真貴は気付かなかった。


ただ彼の何も映さぬ暗い瞳を見つめる…


真貴が、そこに翡翠の『感情』というものを見つけることが出来なかった…

翡翠は、その瞳に何も映していない…そう、目の前にいる真貴すら……彼は見てはいなかったのだ…
…そのことに気付いた真貴は微かに体が震えるのが、わかった…

これほどの『闇』を見たことなど無かった…

その時間は数秒だったのか…それとも数時間だったのだろうか…

「お頭!!こんな所に、いたんですか!?もうすぐ帰港ですよ!!」

翡翠の部下が彼に声をかけるまで…本宮は一言も発することは出来なかった…

そして今、真貴は思い知っていたのだ…翡翠は景時ではないと…あの暖かい人ではないと…

そんな当たり前のことに何故、気付かなかったのだろう…

そして…

「……あぁ、わかってるよ」

翡翠が部下に応えて、そのまま船頭へと向かおうとする。
彼の長い艶やかな髪が潮風に揺られた。それに言いようの無い、焦燥を真貴は感じた…何か言わなければ…行ってしまう…

「あっあの!!」

緩やかに振り返った翡翠は、先程の『翡翠』ではなかった…

その美しい瞳は、氷のように冷たく、鋭く真貴を貫いた…

「すまないが…君は岸に着いたら、すぐに此処から離れてくれないか?」

真貴の黒曜石の瞳が見開かれる…一瞬、何を言われたのか理解、出来なかった…驚いてる真貴に翡翠は、どこまでも優しく笑う。

だがその瞳は、どこまでも冷たかった…

「聞こえなかったのかい?君は目障りだよ。だから船が岸に着いたら、何処へでも行きなさい。」

真貴の頭を心地良い声が凍えるほどの冷たさで通り抜ける…

なぜ…急に、こんな事を言われなければならないか…真貴は理解出来なかった。

ただ、わかったのは…この艶麗な『翡翠』という男に『裏切られた』という感情だった…

出会ったばかりの人…

でも、どこか懐かしかった人…

心に触れたと思った…それは錯覚だったのか…

うつむいた真貴の髪を潮風がサラサラと撫でる…微かに噛み締められた唇は痛々しかった。

だが翡翠は容赦なく、刃を振るう…

「やれやれ…少しきついことを言うだけでこれだ…女性というのは本当に煩わしいね…」

より強く、真貴の唇が噛まれる…だが次の瞬間、真貴はキッと翡翠を睨んだ。

その黒曜石の如き、鮮烈な視線を受け止めた翡翠の瞳が、微かに愉快そうに煌めく…

「失礼にも程があるわ!!謝りなさいよ!!」

真貴は、だてに何回も戦場をくぐり抜けてきた訳ではない、その気迫は翡翠の後ろにいて事態をオロオロと見守っていた部下を怯ませた。

だが翡翠はクッと失笑するだけで、それを受け流す…そして嘲るように口を開いた。

「君は何に対して、怒っているんだい?
私が、この地を離れろと言ったこと?それとも女性は煩わしいと言ったことかな?どれも正論なのにね…」

その言葉に真貴は、ますます不機嫌そうに眉を寄せた。

「…じゃあ、私も言うわよ、貴方は人間として最低よ!!」

真貴はビシッと翡翠を指差し、

「…貴方ね、私と貴方は今日、会ったばかりの見知らぬ他人よ」

その言葉に軽く翡翠は息を飲む。

『他人』…そう…真貴殿と私は『他人』だ…
なのに何故なのだろう…確かに、この目の前にいる真貴殿を疎ましく思ってるのに……


心がさざめく…


微かに翡翠が苦し気に、なったことを真貴は怒りの為に気付かず、言葉を続ける。
「心配しなくとも、貴方の前から、すぐに消えるわよ!!」


消エル…

ソレハ絶望ノ言葉…

消エル…

ソレハ昔ノ記憶…


次の瞬間、真貴は激しく抱き寄せられた…

「なっ!!離しっ!?」

真貴の抵抗は翡翠の逞しい腕に易々と封じられ、そのまま唇を奪われる…

ピチャ、クチュリ

二人の舌が絡まり、水音が響いて、真貴は頬を染めた。

「いやぁ……」

どちらともつかない銀糸がツッーと真貴の顎をつたう…

初めての感覚に戸惑い、翻弄され、クッタリと力を抜いた真貴を翡翠は横抱きに抱き上げ、悠然と船室に入っていった…

部下と、すれ違いざまに『船室に誰も近付くな』という言葉を残して…




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