この想いに、さよなら。
一面,白銀の光だった…その中で真貴は彼の存在を感じていた…
『真貴…』
鬼の首領…残酷な侵略者…そう聞かされ続けた人は,真貴の前ではとても優しかった…力が欲しい筈なのに無理矢理,連れて行こうとすることを決してしない…
何時も会いたいと強く想った時は必ず逢えた…手にとるように考えを理解されてることに嬉しささえ感じて…
触れる手に心が弾んで…パッと離れると優しく抱き寄せられ…上品な伽羅の香が胸に広がった…
あぁ愛してる…
そう想う…この『人』を愛してる…そう想ってる…
だから白銀の光に飲まれて…自分の輪郭も溶けて消えそうな時に彼の存在を感じて嬉しくなった…
『アクラム…何処?』
手を伸ばす…白銀の光の中で手探りに…そして力強い男性の手の感触がした…その途端に視界が広がる…
ザアァァァァァァ
そこはかつて彼の人が連れて来てくれた幻想的な『鬼の庭』だった…
これは禁忌…敵同士が持つには甘すぎる『想い』…でも惹かれたのは互いの引き合う魂ゆえか…
ザアアアァァァァ
花々が咲き乱れる…一度だけ訪れた『鬼の庭』…何故,自分が此処にいるかなど…真貴には,どうでもよかった…
目の前に貴方がいる…ただそれだけが…それだけで…
『アクラム!!』
手を延ばすと彼の人が腕を広げてくれて…甘い玲瓏な顔に暖かな微笑みが乗り…愛しさが零れた…
『一緒に逝こう…貴方が居るなら,それだけで良い…』
真貴の言葉を聞いてアクラムの抱き締める力が増した…
彼の顔は何処か寂しげに,けれど食い入るように真貴を見つめる…そうその姿を瞼の裏に焼き付けるように…
『真貴…』
囁かれた名前に真貴は顔を上げる,と,普段あまり見れなかったアクラムの顔が目の前にあって…つい恥ずかしくて俯いた…
それに微かにまた彼は笑い,口を開く…避けては通れない言葉を…
『真貴…お前は私とは逝けない…』
彼の愛した,たった一人の顔が驚愕で歪んだ…
そんな顔をさせたくないのに…いつも私はお前を傷付けるな…
そう想うと自分の未熟さに未練を感じた…大切な一人を幸せに出来ない自分が歯がゆかった…いつも常に後悔などしないよう生きてきた筈だった…なのに…ただ真貴のこととなると…次から次へと未練が出る…
愛してるから…
側に居たかった…抱き締めたかった…口付けたかった…出来るなら私だけの者にして…結ばれたかった…
でも何より…こんな『想い』を鬼である自分が知るなんて…それはなんという幸せだろう…なんという恩恵だろう…
全ては…真貴が与えてくれた…
だから生きて欲しい…
アクラムは驚愕から覚めて,段々,独りになる恐怖で顔を凍らせた真貴の頬を両手で包んで,上を向かせた…
『私が死んだから死にたいというのは私に失礼だ…そうだろう?私はこれでも精一杯に生きたのだからな…』
何か言おうとする真貴の唇をアクラムは奪った…優しく溶けるように舌を交わらせて…その胸奥にある『想い』を伝えるように…
ツーッと真貴の頬から雫が零れる…これが最後だとわかった…
愛してる…たとえ独り生きていったとしても,これ程の『想い』を知ることは無い…わかってる…
貴方だけだから…
やっとアクラムは口付けを離し…どこまでも優しく柔らかく微笑む…そして彼は徐々に透けていった…それに耐え切れず真貴は縋り付く…それをアクラムは『大丈夫だ』と言いたげにポンポンと真貴の背を叩いた,透けた手で…
『真貴…お前が私の生きた証だ…だから生きてくれ…それだけで良い…』
耳に心地よい低い声もかすれて…涙が溢れて止まらなかった…
「生きられない!!何処にも貴方がいないのに!!生きられないよ!!」
逝かないで欲しい…独りにしないで欲しい…
『大丈夫だ…お前は目覚めた時,『私』を忘れるのだから…』
真貴はその漆黒の瞳を見開く…彼がそういう術に長けてるのは真貴も知っていた…けれど何故と想う…
「どうしてそんなことを言うの?忘れたくない…貴方の声も,笑顔も,揺れる瞳も全部,全部抱えていたい…」
アクラムは嬉しそうに,けれど決然と言った,
『お前はもう先へ歩め…お前を待ってる者がいる…お前を幸せに出来る…ではな…』
金色の光だった…カアァァァァと鮮烈に,けれど瞳に優しい光…
その途端に真貴は自身の内から『彼』が急速に消えていくのがわかった…
『よく来たな応龍の神子…』
鮮やかな紅…
『お前は変わってるな真貴…』
微かに微笑む彼…
『私は,お前を気に入ってるぞ…』
告げられた言葉に暖かいモノが広がった日…
『…愛してる…』
全部,薄れていく…
けれど最期に…
「愛してるわ!!アクラム!!」
叫んだ…
消えた『彼の人』に届くように,消え逝く『自分の想い』の欠片を掴んで…
叫ぶと…『彼の人』の『ありがとう』という言葉が聞こえた気がした…
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