交錯する思い

桜舞う時節…この想いが決して手に入らないのだと知らなかった…ただ君が大切で…愛しくて…この胸に,これ程の想いがあるから…通じると想った…愚かしく…幼い願い…私らしくもない…


時は流れる…桜舞う時節から…新緑芽生える夏へ移ろって行った…その中で私は八葉の中で真貴殿の隣りの位置を保ち,最終決戦の供を勝ち取ったのだ…

それは計算通りの出来事,何故なら他ならぬ私が真貴殿にそうするよう仕向けたのだから…

真貴殿は札が集まり,四神を回復させる程に沈んでいった…それはそうか…京を救うことは『愛しい鬼』との決戦を意味する…彼女の気鬱の意味を他の八葉が『不安』ととる中…ただ私だけが正確にその理由を理解していた…


それは罠…弱っている君に取り入る罠…

夜風が肌に優しかった…久しぶりに雨が降ったから,咽喉を通る空気も優しい…まるで真貴殿のように…そう想うと胸が暖かった…愛しい…君の全てが真貴…

だから私は『鬼』になる…君を最後に手にするために…

目的地の寝殿から微かに泣き声が聞こえた…そう『あの鬼』を想って泣いているのだろう…

それだけで焔が吹き上げる…

君だけだ…君だけが私を愚かにさせる…

こんなにも胸が熱い…

「真貴殿…」

渡殿に上がって囁くと,泣き声が止んだ…そして微かに返される言葉…

「友雅さん?」

声だけで私と判ってくれたことに嬉しさを感じつつ御簾を押し上げ私は寝殿に入った。


艶やかな月読の君…そんな人だと想ってる…


最初は冗談ばかりだから軽い人だと想った…でも辛い時,苦しい時は必ず助けてくれた…本当は周りの機微にとても聡くて…

そして優しい…

そう想った…冗談の影から必ず手を貸して…そしてその裏から伺えるのは完成された実力と比類の無い思考力…

素敵だった…

だから『あの人』がいなかったら絶対に友雅さんを好きになっていたと想う…でもそれは『もしも』の話だ私の好きな人は『アクラム』だから…

『鬼の首領』なのに…好きになっちゃいけないのに…

そう想うと心が散ってしまいそうだった。明日はアクラムと戦わなければならない…

そう想うと自然と涙が溢れた…

どのくらい泣いていただろう…フッと鼻孔に侍従が香った…友雅さんと香り…そう思った時,囁かれるように甘い声が響いた…

「真貴殿…」

やっぱり友雅さんだ…

「友雅さん?」

こんな時間にどうしたんだろう…というより泣き声を聞かれてたのかな恥ずかしい…

そして次の瞬間,バサッと御簾が押し上げられて…友雅さんが入ってきた…

艶やかな漆黒の髪…満月を背景に微笑む艶麗な姿はまさに月読…

息すら忘れてしまう…瞬きすら惜しい…友雅さんは一瞬の時の間に鮮烈な光を放っている…

そしてその綺麗な大人の男性の指が私の頬の涙を優しく拭ったのに,やっと私は気が付いた…

「泣いていたんだね…」

まさか貴方に少しの間,見惚れてましたなんて言えない…私はグシグシと自分の袖で涙を拭った…

「大丈夫で…」

次の瞬間,激しく抱き締められた…男の力で…強くて…攫われてしまいそうな程…暖かくて…優しかった…

「無理しないで良いよ…あの鬼が気になるのだろう…」

「何で知って!?」

真貴が慌てたように言うと,友雅はフッと微笑した。その微笑に影があることに真貴は気付かない。

「…真貴殿,私を選びなさい…」

途端,ハッと真貴の漆黒の瞳が見開かれ…友雅は優しく,どこまでも誠実に囁いた…その熱さに眩暈がする…

「私は君を守る…全ての嵐から…全ての苦しみから…君を守るよ…だから私を選んでおくれ…」

その黒曜石の瞳と翡翠の瞳が交わる…けれどそこにある感情は決定的に違っていた…




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