行かないで / 君と放れたくなかったこと
「政宗さま、上洛の準備整っております」
小十郎が俺を呼ぶ・・・
「あぁ」
それに応えて俺は天守閣から外に出た・・・白の郭に集まり、見えるのは金で彩られた俺の大名行列。
共に天下泰平の為に戦場を駆けた兵士や、女中を連れて・・・俺は上洛する『天下人』として。
だが其処に真貴の姿はない・・・
それに胸に痛みが走った。
幼い時に『天下を見せてやるっ!』と誓った大切な人はいない・・・
それなのに俺は上洛するのだ・・・
お前に一番側に居て、見てて欲しかった・・・俺が上洛する姿を。
空が蒼い・・・
政宗の元を離れた真貴は旅の道中で甲斐の上田城近くまで来ていた。
政宗が『天下人』となれたのは、各地の有力者である信玄公や謙信公が尽力、同盟したことも大きい。
その過程で政宗の好敵手である真田幸村が城に使者として来訪することもあり、その人柄に触れて親しみを持っていたのだ。
「真田様の城下町なら安全だし、働き口もきっと見つかるよね」
そう真貴は幾分か無理に明るく微笑んだのである。
本当は奥州から離れることが不安で堪らなくて、知り合いの誰一人としていない場所が怖かった。
幼い時から政宗さまの側に居て、幸せだった。
幸せで当たり前みたいな日常だったから。
それが失くなって、こんなにも寂しくて堪らないの・・・
そして真貴は知らない、伊達からの大名行列の最初の訪問は上田城であることを・・・
早速、真貴は上田城下で働き口を探し始めた。
茶屋、庄屋、米問屋、酒屋、様々なところを回って頭を下げる。
「私、立ち仕事でも何でもやりますっ」
奥州から歩き尽くめの足が棒のように感覚が無くなっても、
「どんな小さな仕事でも良いんです」
たとえいかにも旅姿で薄汚れ、店の者に邪険に扱われても、頭を下げ続ける。
「うちは、紹介がないと雇わないんだよ」
そう主人に眉をひそめ言われた。
でもそれは当然のことだ。
「そこを何とか、お金がもう無いんです」
けれど・・・どこも色よい返事は貰えなかった。
住んでいる場所も無く、地元の人間でもない流れの者の真貴を雇う店は、何処も無い。
私は必要とされていない・・・
何処にも、私を必要とする人がいない・・・
政宗様にも疎まれて、心が、折れそう・・・
いつの間にか上田城下に夕陽が堕ちてゆく・・・早朝の時分に着いたのにも関わらずだ。
真貴は今日の泊まる場所だけでも確保しようと思い。
上田城下の中央に一本真っ直ぐ通っている表道に出た・・・というのも宿の厩に泊めて貰おうと考えたのだ。
空は夕陽の朱に、夜の濃蒼が差している・・・
その時だった・・・
「大名行列だっ」
人々が騒ぎ出して、行き触れが馬で駆けてくる、その兵の紋は・・・伊達の紋だった。
真貴は心臓を鷲掴みにあったように、息を飲む。
数日前の私の居場所・・・
本当なら私も大名行列に交じり、政宗様の晴れ姿をお側で見る筈だった・・・
行き触れの兵が命じる声・・・
「したにー、したにー」
次々と人々が地面に額づく・・・
大名に、『天下人・伊達政宗』に額づいてゆく・・・
涙が溢れそう・・・立ち竦んで真貴は動けなかった。
そしてそれを見咎めた、行き触れの兵が声を荒げる。
「おいっ!お前、伏さんかっ!筆頭のお通りだ!」
私は、その筆頭の幼馴染と言っても、信じないでしょう・・・心が痛い。
たった数日、たった数日で何もかも変わってしまった。
そして馬上から降りた兵に髪を無造作に掴まれた。
「つっ!!」
痛みで思わず、声を上げるも、そのまま地面に額を擦り付けられた。
土の匂いが鼻孔一杯に広がる。
なぜ同胞の仲間にこんな仕打ちをされなければならないのか悔しくて涙が溢れて止まらなくなった。
城を取り仕切る女中頭だった、私は過去のことなのだと。
幼い時から政宗様と小十郎様とも側に居たのも過去のことなのだと。
思い知らされる・・・
痛み・・・
胸が痛くて、涙が溢れて止まらない・・・
そして上から声がかかった、「おい、どうした?」どうやら別の兵士みたいだった。
「いや頭下げねぇからよ、こうしてる」
私の頭を力任せに押さえつけてる兵の声。
「じゃ、小十郎様に籠から何かあったのか見てこいって言われたんだが、何もねぇな」
小十郎さま?
小十郎さまがいるの?
一目逢えたらっ、そう思って押さえつけられてる頭を振り払おうとしたら、またグイッと押さえつけられた。
「女の癖に、ふてぶてしぃ奴だなっ!」
痛い、痛いっ、助けて小十郎様っ!政宗様っ!!
それなのに大名行列は過ぎてゆく、
「したにー、したにー」
人の通る音、通り過ぎてゆく籠が政宗様と、小十郎様と分かるのに・・・私はこうして地面に額づいている・・・
二人と共に過ごした時間が遠い・・・
何故、なぜ?
こんなに胸が痛いの?
なぜ私の声は届かないの?
「政宗さまっ」
耐え切れずに呼ぶ・・・
前を通り過ぎる絢爛な金の籠・・・
政宗様の上洛に向けて私が職人に作らせた品・・・
けれど呼んでも、御伽噺のように応えてくれない・・・そう想った瞬間だった。
奇蹟のように、スッと籠の襖が開いて・・・一目、その姿を見ることが出来た。
整った顔立ち、美しい蒼の隻眼・・・
自然、涙があふれる・・・大好きで、大切な人・・
けれど貴方にとって私は違う・・・
離れたくなんて無かったのに・・・もう距離が開きすぎている・・・
天下人である政宗様の大名行列に額づいている私の姿は如実にそれを現してた。
孤独のままに堕ちてゆく・・・
儚い願いは叶えられる筈も無い・・・
ただ側にいたかった・・・
『行かないで / 君と放れたくなかったこと』
『SIDE政宗』
声が聞こえた気がした・・・
俺を呼ぶ真貴の声が・・・
スッと籠の襖をあけて、外を見るも、そんな筈は無いと分かっているから自然、胸が痛んだ。
俺が傷つけて、俺から手放しておいて・・・お前に逢いたくて、堪らなくて、心が悲鳴を上げてる・・・
今回の上洛の準備も真貴に半分以上手をつけて貰っていたから、真貴が居なくなって、準備が滞って・・・二日遅れたのだ・・・
真貴と離れたくなんて無かった・・・
行かないで欲しかった・・・
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