哀しみの始まり

声が聞こえた。

酷く苛立った声。

「なにやってんだ!」と言って部屋に入って来たのは紛れもない政宗様で・・・

どうしたら良いか分からなかった・・・

なぜ此処に、なんていう陳腐な言葉しか思いつかなかった。

政宗様は小十郎様に抱き締められている私に冷たい視線を投げる。

刺すような・・・氷のような・・・視線。
蔑みの視線。

「他の男だけじゃ飽き足らずに、小十郎まで手を出すたぁ・・・良い度胸だ。売女が。」

かみさま。

どうして政宗様に、そう想われているのか・・・分からなくて。

「ちが・・」

声が上手く出てくれない。

するとギュッと小十郎様が肩を抱いてくれて、それに政宗様が不快に眉を寄せたことも切羽詰っていて私は気付けなかった。

「政宗様、違います。真貴は・・・」

「SHUT UP!!!!」

ビリビリとした気迫が部屋を支配する。

独眼竜・・・竜がゆっくりと鎌首をもたげて、私を喰らおうとしている様な恐怖と感覚に陥る。

「小十郎すら手駒にするたぁ、ゆるさねぇ。
殺してやろうか?」

本気だと。
政宗様の目が、声が、空気が全てが私に伝える・・・

どうして?殺したいほどに憎いのですか?
誰かに抱き締めて欲しいと想うのは・・・それほどの罪なのですか?

「つっ・・・」

ゆっくりと政宗様の手が伸びる・・・
伽羅が薫る・・・政宗様の薫り・・・

そして・・・

「真貴・・・お前は俺には必要ない。消えろ。」

砕け散る・・・全てが・・・

長い時間、仕えてきた貴方との時間・・・政宗様。

ただ貴方のお側にいられたらと想っていたのに・・・




私は三日後の朝に米沢城を後にした・・・

誰一人見送りは居無い。
政宗様がそれを禁じたから。

空は突き抜けるように蒼くて・・・美しくて。
白い雲がたゆたう。

この米沢での日々は・・・本当に鮮烈で愛おしかったと想う。

『お前に天下を見せてやる!』と笑って言った梵天丸さまは、政宗さまに成長されて・・・その通り天下人となられた。

幸せだった。
幸せだったのだ。
だから・・・もう良いと想った。
もう良かった。

「ありがとうございました」

そして私は笑った・・・


大切な人は何時も・・・居なくなってから気付く。


政宗様の様子が可笑しくなった。

苛立たし気にしているかと思えば、
塞ぎ込む様に考え込んでいて・・・
表情も苦しげになって・・・溜息も多い。

何故かなんて、そんなことは分かりきっていて・・・小十郎は自分自身も溜息を付く。

元はと言えば、自分が原因だ。
長年、政宗様の側で城を支えてきた真貴を想うようになったのは、何時からか正確には思い出せないけれど・・・

気付けば目で追って、本気で好きになっていた。

それが政宗様も、そうだと気付くのに時間はかからなかったのに・・・
それなのに抑えられなかった・・・

きっかけは些細なこと・・・城全体に蔓延した真貴への流言。

守ってやりたいと想ってしまった。
助けたいと支えたいと想ってしまった。

仕事なんて口実だ。
あんな夜に部屋でわざわざ話す必要も無いのに・・・それがこのざまだ。

けれど真貴が居ないだけで、城の仕事は滞った。出入りの商人との業務では大きな行き違いもあったらしい。

真貴が居たから出来ていたことが出来なくなる。
真貴が居た日常が当たり前すぎて・・・


居なくなったらどうなるかなんて知らなかった・・・

政宗は気晴らしに開いた宴の上座で一人溜息を付いた。

目の前には食事と酒。
華やいだ空気と信頼する部下達。

けれどどうしてか政宗の視線は宴の間を行き来する女中の動きを目で追って・・・

ああ違うと気分が気鬱になってゆく。

もう此処には居ないと分かっているのに。
もう逢う事は無いと分かっているのに。

漆黒の髪に透き通る瞳。
梵天丸の時から俺に仕えていた真貴。

『政宗様』

ふわりっと笑う。あの笑顔が好きだった。

俺から手放した・・・
それなのに、たった数日なのに、もう心が悲鳴を上げている・・・

逢いたい
離れたくない
声が聞きたい
側に居たい

政宗はそっと肘掛けにもたれて、表情を歪める。
宴の空気が酷く疎ましい。

何故あれ程まで真貴の中傷に苛立ち、小十郎との間を裂いて、真貴を手放したのか政宗にはもう分かっていた。

本当に単純なことだったのに。

好きだった。

好きだったと気付いた時、もう真貴は城から出ていて・・・
政宗が見送りすら禁じたので何処に行ったのかすら誰も知らない。

小十郎にはわざわざ城を空ける長期の用事を言い渡した上で。

何処に居るのか。
仕事はあるのか。
頼る者はあるのか。

そんなことを考えて、そんな風に真貴を追いやったのは自分で。
どうしたら良いか分からなくて・・・政宗は溜息をまた零して席を立った。

単に白湯を貰おうと思ったのだ。
華やいだ宴の席は逆に気がめいるので・・・
少し体を動かそうと・・・

渡殿を歩いてると、丁度、月が中天へ懸かっていた・・・

それが遠くて・・・数日前に見たものとは違う気がする・・・側に大切な人が居ない・・・


調理場へ近付くと何やら女中が話し込んでいて聞こえてきた内容に思わず政宗は聞き耳を立てた。

『まさか、真貴さん、居なくなるなんて思わなかったわね』

真貴?ドクンッと心臓が煩かった。

『人の口に戸は立てられぬってね。噂が上手く行き過ぎて怖いぐらい』

噂・・・アイツの噂・・・男狂いの男漁り。
こいつ等が流したのか?

『でもさ真貴は小十郎様に色目を使って解雇になったから・・・私たちの噂って本当のことになったってことでしょ?』

目の前が真っ暗になる。
自分の愚かさに、吐気がしそうだ。

真貴の中傷は全てが虚構。
俺は虚構の上に、自分の見たものを無理矢理こじつけたのだ。

渡殿の壁に背を持たれかけて・・・俺は手で口をおおった・・・

『本当目障りだったのよねぇ、仕事出来て、重臣の方々から覚えも良くて、気立ても良い
って可笑しいわよ。上辺を作ってたのよ。』

違う。
それは幼い時から側に居た俺が一番よく分かってる。

瞳を強く閉じる・・・鮮烈な日々・・・

『天下を見せてやる!!』

と真貴に約束した幼い俺。
それに柔らかく微笑んでいる真貴・・・

わかっていたのに・・・
お前の真実なんて俺は知っていたのに・・・


俺は真貴に何て言った?


『真貴・・・お前は俺には必要ない。消えろ。』


違う違う違う
違ったんだ。
全てが違ったんだ。

無性に今、真貴の声が聞きたいと想った・・・

『何やってるんですか!政宗様!!』

って怒って欲しいと想った。俺を叱ってくれ。

顔が見たい、怒っていて良いから・・・
でも俺に笑いかけて欲しい。
華のように。

本当は堪らないぐらい、その微笑が好きだった・・・

今、触れたいと想った、強く抱きしめたい。
抱き締めて離れるなって言いたい。

俺から離れるなんて、お前は馬鹿だ。大馬鹿者だ。

でも一番の大馬鹿者は俺だ。

手放してはいけない者を手放してしまった・・・
守るべき人をズタズタに傷つけた・・・

大切な大切な宝物は俺の手の内を滑り落ちて・・・もう二度と戻らない・・・

もう真貴は俺の側に居ない・・・

「つっ・・・真貴・・・」

自然と涙があふれた。
当たり前すぎて気付けなかったなんて今更すぎる。

真貴が好きだ。

もう俺のものじゃないのに・・・


そして俺は一人渡殿へ歩いていった・・・
月明かりがやけに冷たく俺を照らしていた・・・




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