物語の始まり

『当たり前すぎて気付けなかったなんて今更すぎる。
 君が好きだ。幸せそうに笑う君の隣りはもう僕のものじゃないのに』
(BASARA・政宗)




月がやけに美しく輝く夜だった・・・
その光が部屋に射し込んでる。

部屋に薫る伽羅の香・・・

それは目の前にいる艶麗な人の薫りで。
心が締め付けられる・・・

鋭い視線が心に刺さった・・・

「てめぇには暇を申し渡す、何処へなりと行け。」

「謹んで承ります」

そして私は頭を下げ、自分のたった一人の主から最後の命令を受けたのである・・・




何がいけなかったのかなんて分からない。

政宗様に信頼されて城内の仕事を取り仕切り。
周囲の人達へも気遣っていたつもりだった。

つもりだったのだ・・・

嫌われていただなんて知らなかった。

私を蹴落とす画策がされていたことなんて・・・知らなかった。

切っ掛けは、ほんの些細なこと。

私の悪口が城内に広がっていった。

曰く、何人もの男性と関係を持った。
酷い新人いびりを行った。
気の利かないことをする。
殿に色目を使う等。

でもそれは今だから知っているだけで、私は自分の置かれている環境に気付いていなかった。

その中傷が深く周囲との溝を穿ち・・・
気付くと私は周囲から阻害されていた。

「あっお早う、良い朝ね」

そんな些細な仕事の合間での挨拶も、ぎこちなくなって・・・笑えなくなって・・・

辛くて、泣きたくなって。
でも任されている仕事を投げ出すわけにはいかなくて。


本当は誰かの胸で泣きたかった。


だから夜に小十郎様が仕事で訪ねて来てくれた時・・・
久しぶりに自分を真っ直ぐに見てくれる人との会話が出来て嬉しくて、はしゃいでしまった。

それが分かれ道になるとは知らずに・・・

「上洛の時に連れてゆく女中を任せても良いか?」

仕事の話とは、数日後に控えた政宗様の上洛の従者のことだ。
政宗様が天下人と世に知らしめる重要なもの。

小十郎様が「俺はどうも女中は把握して無くてな」と苦笑しながら言うのが可愛らしくて私も自然と笑っていた。

「はい、お任せ下さい」

それに小十郎様は一瞬、その鳶色の瞳を見開くと、「その方が良いぞ」って快活に笑ってくれた。

それが良く分からなくて首を傾げると、彼はその暖かくて大きな手で頭をクシャリッと撫でてくれる。

「お前は笑ってるほうが良い」

優しい声音だった。
その久しぶりに感じる人の優しさに・・・気付くとぽつりっと涙が零れた。

「つっ、すみません目にゴミが」

直ぐにパッと横を向いて袖で拭う。
誤魔化してしまえば良い。

それなのに・・・

「泣くんじゃねぇ」

ふわりっとまるで壊れ物を扱うように抱き締められていた。

「お前の顔が曇ってると何か変なんだ、俺は。」

そう言って、小十郎様がポンポンッと背を叩いてくれる。
「泣いて良い」と言ってくれていて。

それに自然と涙が溢れた。

「ふっ、つっ・・・」

止まらない。溢れる雫。

すると小十郎様はそっと抱き締めていた腕を解くと、私の頬を両手で包んで、そっと眦に口付けを落とした。

口付けで涙を拭ってくれる暖かさに酔ってしまう・・・

瞼に、額に、優しい口付けの雨が涙を吸い取って・・・

抱き締めて守ってくれる小十郎様の優しさに・・・

また涙が零れた・・・安心だったのだろうか・・・
けれど確かに私は、その瞬間、幸せだった・・・






政宗は、その噂を聞いた時は何かの嘘だと想った。

アイツに限って男を漁ったり等する筈が無いと。
けれど真貴の噂は幾人からも俺の耳に入るようになり。
アイツも笑顔を見せることが無くなって・・・

それが苛立たしくて・・・
無言の肯定のように想って・・・
俺は真貴を疎ましく想うようになっていた。

本当は考えるべきだったのに・・・

当たり前に側に居た。
だから気付かなかった。
気付こうとしなかった。

気付かなくても側に居たから、考える必要なんて無かった。

お前が俺にとって何なのか。
お前が俺にくれていたものは何なのか。
何故、こんなにも腹が立っていたのか・・・


それは、俺がお前を大切だったからこその怒りだったのに・・・


遠い日々はいつも鮮烈だった。

「政宗さま!何でこんな血と泥だらけに衣を汚すんですか、ふざけてるんですか!」

俺の執務室に声もかけずスパァンッと襖を乱暴に開け入って来た真貴は、開口一番にそう言った。

「STOP!!」

叫んで、手を上げて、止まれと動作で示すが、もう部屋に入ってしまったから止めようがない。

上半身は何も纏っていない。
袴だけの格好の俺。
そして全身ずぶ濡れ。

「なんて格好してるんですかぁ!!!」

また雷が落ちる…本当に勘弁してくれ…
小十郎と喜多と並ぶ、俺の小姑。

黙っていれば可愛いと、成実が言っていた。

ぜってぇ目が腐ってる…

冗談じゃねぇ…こんなじゃじゃ馬、欠片も可愛くねぇ。

「そんなもの見せないで下さい!!」

「Why!勝手に入ってきたのは、そっちなのに俺のせいかよ!!」

俺は思わず、苛立たしげに口をとがらす。
と真貴に鼻で笑われた。

仮にも城主を鼻で笑うってどうよ?

「好きでもない人の体なんて南瓜か胡瓜みたいなもんですよ。」

なんか分からない衝撃が走った。
この意味をもっと考えておけば良かったと想ったのは…後のことだけれど…
その時は気付かなかった…

俺はこう言っちゃあ何だが…女にはかなり好意を持たれる。

その俺の体が南瓜?胡瓜だとぉ?

沸々となんか悔しさが湧いて。
思わず子供っぽい台詞を言ってしまう。

「おい!俺は奥州筆頭だぞ!!女なんかに不自由した事なんかねぇ!!」

これも真貴に笑われた。
真貴はズイッと左手に持っていたボロボロの俺の衣を差し出す。

「はいはい、そんな事はどうでも良いんです。奥州筆頭さま、この血と泥だらけの着物は誰があつらえた物でしたっけ?」

深い藍染で手に馴染む絹の肌触りが気に入っていた衣…
両胸に伊達の紋がくるように刺繍されている…

こいつが俺の為に特注で京の商人に生地を作らせて…こいつが一目一目縫ってくれた衣…

「…Sorry」

でも仕方が無かった…天下統一しても残党が未だ沢山いる。
土砂降りの雨の中で…視界も効かない時を狙われたのだ。

でもせっかくの特別な衣を使い物にならなくしたのは自分なので素直に謝る。

真剣に真貴の漆黒の瞳を見つめて言うと、真貴はフッと溜息をついて、笑った。

その優しい空気に、もうとっくに真貴は許しているのだと…気付く…

心が暖かくて…

「こんな血や泥を付けて帰らないで下さい。」

いや許すも何も真貴は怒っていないのだ。

それが嬉しくて、優しい…

「政宗さまに何かあったら、私は哀しいです」

そして華が咲くように笑って…
それが幸せで俺も自然と笑っていた…

こういう時は少しだけ可愛いと、思う。

「俺に何かなんて起こらねぇよ」

そうやって笑いあう優しい時間…
夕焼けの温もりが俺の部屋を照らしていた…



その日々は、もう遠い・・・


上洛が間近に迫っていた、その夜。
俺は久々に真貴と話そうと、アイツの部屋に向っていた。

だが・・・

「お前の顔が曇ってると何か変なんだ、俺は。」

その時のことを何て言えば良いかなんて俺には分からない・・・

小十郎の声。
それは真貴の室から。
こんな夜に二人っきりで逢うなんて・・・分かり過ぎる程に分かりやすくて・・・

ああ、そうなのかって想った。

二人の気配がする。
衣擦れの音。息遣い。アイツの泣いているような気配。

そうか小十郎の前では泣くのか。
泣けるのか。
俺は一度も真貴の泣き顔なんて見たこと無いのに。

それが嫉妬だとか、そんなことは考えられなかった・・・ただただ目の前が怒りで揺れて・・・

真貴の噂。

多数の男と関係を持ってるという噂が・・・疑念が・・・俺の中でこの時、確信へと変わり・・・

「なにやってんだ!」

そして俺は怒りのままに部屋へと押し入った。




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