俺の愛しい京の闇

崩壊の音が止まらない・・・
お前に想いを告げた清水で・・・お前を切り裂いた・・・
崩れ落ちるしなやかな体を抱きとめると僅かに震えた・・・

あぁあの一瞬が・・・たまらなく愛おしかった、狂おしかった・・・

壊れてしまえばいい、お前を傷付けた俺など・・・
なぁ、常世・・・この三百年の年月の中で、お前を呼びそうになった・・・

でも呼ばない。

軽々しく呼びたくない。

なぁ、常世・・・俺は・・・あとどれだけ待てば良いんだ。




『花開院妖秘録に記す・・・鵺・・・

鵺は深山に住める化鳥なりと言われるも、その実は闇そのものなり。
頼政が討ちし鵺の亡骸は闇の如く塵となるが、その証なり。

世の念、世の闇を纏いし、その魂は滅することなく脈脈と生きにけり。

地に憑き、都に憑き、想いに憑く、故に・・・土塊に還りし処にて蘇る。

想いにつく故に物の通りを知りにしかば、鵺と出会わば礼を払いたし・・・
江戸の御世、秀元が代に京の封印核となりし鵺と出会わば礼を払いたし・・・』

闇が目覚める・・・
時が来た・・・
数百年の時・・・世界の悲哀、情念を吸い・・・京の地に闇が集束する・・・

闇が生まれる・・・闇が誕生する・・・

その日・・・京の晴れ渡っていた太陽が見る間に雲に隠れた・・・
暗雲が立ち込める・・・江戸の時より三百年・・・
神鳴りが轟いて、湿った風が強く吹き荒れた・・・

「厄介な」

花開院家の枝垂れ桜の前に集まった陰陽師の一人がそう呟いた・・・
江戸より約四百年・・・三百と数十年経っている・・・

花開院の陰陽師達は強力な五人で行う五芳星の結界陣を、三百年前に施された巨大な結界の上に重ねる・・・
「鵺」に相対したものは死に・・・書物が残されただけの「始まりの妖」・・・

闇が生まれようとしていた・・・この大正の世に・・・

暗い空に雷の音が何かの前兆のように轟いていた・・・

花開院家史上でもっとも神通力を持ったとされる当主が施した京の結界は・・・
鵺を核として京の妖を眠りにつかせ、他の地の妖を京へ入れさせぬもので・・・
鵺の存在を核として出来ている・・・
だが当時の花開院当主は鵺とは親交が深かったようで鵺を永遠に縛ることはせずに
鵺の復活に合わせ、結界の霧散がするようにしていた。

彼の腕としても四百年程が限度だったのだろうが・・・

その江戸時代の当主・秀元が記した端書曰く。
『鵺と共生し、諸共に束ねるべし。』とあった。
『諸共に束ねるべし』とは人のことなのか妖のことなのか・・・
花開院家では意見が分かれる所であるが、まぁ兎に角、「鵺」と仲良くやれということだった。

だからこうして「鵺」の復活に合わせて、上から強力な結界を被せ「鵺」を逃がさぬようにしているのだ・・・
「鵺」に逃げられては不味いと・・・

だがその時、枝垂れ桜の前に紅の文字で描かれた巨大な陣と、それを取り囲むような巨石が仄白く光り始めた・・・

「気を抜いたらあきまへんよ!!」

誰かが叫んだ、その瞬間・・・

ガアアアアアアアアアッッッンンンッッ

轟音が響いた・・・目も眩む閃光と、衝撃に五人が吹き飛び、施した五芳星の結界が紙のようにアッサリと吹き飛ぶ、
途端に凄まじい妖力が膨れ上がる。

闇が生まれる・・・

そして枝垂れ桜の華が一瞬で散った・・・
風が吹きすさび花弁が一面に風に煽られて舞う・・・

ザアァァァアアアアアァァァアッッ・・・一杯に・・・全ての花びらが・・・

ひとひら

ひとひら

まるで意思が働いているかのような美しさ
その光景の中で誰かの声が聞こえる。

『長かった・・・・・あぁ・・・・・』

溜息が零れて艶のある、その声にゾクッと体が震えたのを花開院の陰陽師達は感じていた・・・

濃い闇が・・・一瞬にして辺りを包んで・・・

『さぁ・・・浮世の闇を闊歩しようじゃねぇか・・・』

感じたことも無い巨大な妖気が目の前にあって陰陽師達は地に伏したまま、
ただ視界を覆う桜の花弁の向こうにいる「鵺」を一目見ようと目をこらし手を翳す・・・

すると花弁がパッッと花火のように・・・一瞬にして地に落ちた・・・
そして彼等は目の当たりにする・・・古の京の総大将を・・・
最後の薄紅の花弁がはらりっと地に堕ちて・・・

なにも遮ることの無い・・・艶麗なその姿・・・
漆のような艶やかな漆黒の髪・・・黒曜石のような潤んだ瞳・・・
白磁の肌・・・桜貝の唇・・・
微かに漂うのは伽羅の香・・・

何枚もの絢錦をまとって・・・宙へふわりっと浮かぶ・・・
「鵺」は彼等に向け、蟲惑的に笑みを浮かべ・・・それだけで胸が鳴った。
だが、

『・・・じゃあな』

その艶麗な妖は陰陽師たちの心をあっさりと奪っておいて、別れるのは突然で・・・闇に包まれて消えていった。

「まっ!!」

「鵺」を逃してしまう!!と陰陽師達は慌てるが結界を破られ止める手段は無かった。
圧倒的な力の差がある・・・下手したら殺されるだろう。

そんな彼等に「鵺」はフッとまた微笑んで、僅かな残り香を残して掻き消えた。

京の闇が・・・ふたたび動き出す・・・




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