そして眠りに落ちる

「すみやかに霊の中ツ国へと退かせたまへ、裁波・・・」

花開院の庭で・・・秀元の声で祝詞を唱えられるたびに・・・
常世の意識は遠のいた・・・だがそれを必死に気力で保つ・・・

流れ出した血が・・・どういう仕組みが描かれた陣の文字へと吸い込まれて・・・紅に染まってゆく・・・

と、其処へ・・・懐かしい妖気が物凄い速さで近付いてくるのがわかって、常世は顔を上げた・・・

「常世っっ!!!」

清水の方角から・・・ぬらりひょんが此方を目指しているのが分かって、常世はその漆黒の瞳を見開いた。
俺に止めを刺しに来たのだろう。
まだ大分距離がある・・・

大丈夫だ、鯉伴には手間を取らせねぇ・・・
常世は鯉伴に向けてわらった・・・

陰陽術に苦しみながら・・・龍の毒に抗いながらも・・・
その艶然な姿に本宮は息を飲む・・・
ずっと焦がれて焦がれた人が目の前にいた・・・

本当は知っていた、ずっと想っていた
嫌うなんて出来るわけが無い

その瞬間に花開院の術は完成する、彼は五芳星を宙に切った。

「何処も鬼の住む処なし!!!!」

まばゆい光
瞬間、陣から出現した光の刃が常世の全身を貫いたのである・・・
声すら出ず、常世のしなやかな肢体は刃に貫かれ切り裂かれ、血が飛び散る・・・

「やめろおおぉぉぉ!!!!!!!!」

それに空で鯉伴が叫び・・・手を伸ばす・・・
その手が決して届くことは無かった・・・

かざした手のひらから・・・大切な者がすり抜けてゆく感覚・・・

陣の上で切り裂かれたまま、微かにわらう常世・・・
その姿に、こんなにも泣きそうだ・・・
口が動く、音は無いけれど、鯉伴には何と言っているか分かった・・・


すきだ


漆黒の瞳が毒に侵される事のない、昔のような輝きで・・・鯉伴の漆黒の瞳を射抜く・・・心すら射抜かれる・・・

それは鯉伴が愛した常世だった・・・確かに其処に居るのは常世だった・・・

胸が熱くて、愛おしさがあふれて。


「常世っっ!!」


名を呼べば、それだけで嬉しそうにする・・・
それだけで俺がどれ程、お前を放っていたのかが分かって・・・俺が呼ぶだけで、お前が笑うなら・・・

何度だって呼んでやるから・・・

だが・・・次の瞬間、常世の体は、鯉伴の目の前で漆黒の光になって霧散した・・・

「あああぁぁぁぁぁああ!!!!!」

自分の唯一が消えてゆくのが鯉伴には分かった・・・
あれほどまで感じていた常世の妖力が一瞬にして消え失せる・・・
すべて粉々になって陣に力として吸収されていく・・・

常世

漆黒の髪・・・ぬばたまの夜を映した漆黒の瞳・・・
艶麗な佇まい・・・玲瓏な声。
深い深い・・・伽羅の薫り・・・

『鯉伴』

甘く、低く溶けるように俺を呼ぶ声。

『阿呆』

俺をからかう穏やかな笑顔、二人だけの時間・・・大切な全て。
声が聞きたいと思った。声が聞きたくて堪らなくなった・・・

もう二度と会えない・・・

鵺は転生の妖・・・けれど体を構築する数百年という年月を眠りにつく・・・

けれど・・・きっと陰陽術の核にされた「常世」にもう二度と逢う事は無い・・・
あれはそういう物だろうということは分かった・・・常世の力を吸収してゆく結界・・・

出会った時のことを・・・始めて重ねた夜のことを・・・交わした言葉を覚えている者は目の前で消え失せて・・・

愛してるなんて言ってない、大切だと伝えてない・・・

何も何も無いままに終わった

重ねた手を・・・離したのは自分。
彼はずっと待っていた。
待って、待って・・・俺を待っていたのに・・・俺は引き裂いた。

かち合った刃の間で交わされた視線・・・

『てめぇなんぞ、もう俺は欠片も想ってねぇよ』

引き込まれそうな漆黒の瞳・・・艶麗な姿・・・

『そうかよ』

短く交わした言葉に、常世が表情を歪ませたのを知っていたのに・・・

時よ、戻れ・・・

伝えてない、好きだと・・・愛しているのだと伝えていない。
抱きしめて、もう大丈夫だから俺の所に来いと。

破魔の刀で切り裂いて、崩れ落ちる体を抱きとめると震えた常世・・・
どんな想いで・・・俺の胸にいたのか・・・

俺は突き飛ばして・・・差し伸ばされた手に刀を突き立てて・・・
重ねた手・・・重ねた肌・・・決して嫌ってなどいないのに・・・

笑え、笑って「阿呆」と常世は言う。
それだけで俺は良かった、良かったんだと・・・知らなかった・・・

最後に引き寄せられて交わした口付けが甘い・・・


ほら、こんなにもお前を愛してた


壊れそうだ


愛してた



鯉伴は叫んだ・・・

「あああぁああああぁああぁあぁぁぁぁ!!!!!!!」

陣から巨大な力が発動されて、押し出される・・・

常世の命も魂も吸い取った術が鯉伴を京から押し出した・・・
吹き飛ばされる・・・それは京の妖でない全ての妖がそうだった・・・

この日、陰陽師・花開院秀元の施した術により京は眠りに落ちた・・・
深い深い眠りに堕ちた・・・
妖は一歩も立ち入れぬ眠りに・・・




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