蛟〜ミズチ〜

誰も彼を捕らえる事など出来ないと、そう思っていた。
掴みどころのない水のようで・・・そして遠く美しい月のような。

彼・・・常世様が誰かの者になるかなんて・・・考えたことなんて無かった・・・




「常世様。お帰りなさいませ」

寝殿造りの豪奢な邸の東四足門で、近従である蛟は、本家の妖達と共に朝帰りした主である常世を出迎えた。

「おぅ、今帰った。」

そのまま門をくぐり石畳を歩く彼の左右には、東中門まで何百という妖が彼の歩む道に控えている。
「わりぃな」と艶然と笑う、主・常世から薫る香は花街独特のもので・・・後ろに付いていた蛟は眉を顰める。

ぬらりひょんと喧嘩した後にでも女を抱かれたのか?

だが次の瞬間に彼はその白銀の瞳を見開く。

常世の首筋に口付けの痕があったから・・・

色町の女妖は常世様の存在がどういうものか心得ている・・・決して痕などつけない・・・
そして常世様も分別がある方で、己に所有印を刻む程、近しい者が居ること等これまで許してこなかった。
総大将に近しい者は危険に晒されるし、また総大将の弱味になりえるから・・・

刻印は常世様に痕を付けることを許された者が現れたということで・・・

そこで蛟は唇を噛んだ。

思い当たる人物はたった一人。

ぬらりひょん・鯉伴・・・
昨夜、我々の百鬼夜行の前に現われた忌々しい、江戸の総大将。

彼の強さは戦った我々が一番良く分かっている・・・真貴様の弱味になど成り得ない程の強さ。

そこでもう一度、前を歩む常世様の痕を見る・・・それが、ぬらりひょんが付けたものかと想うと忌々しい。
私の、私達の常世様だ・・・盃すら交わしていない奴が・・・

抱いた?常世様を?

血が沸騰する
殺してやりたい

「おいっ、蛟、湯殿の用意出来てるか?」

だからつい常世様の声に反応が遅れ、蛟は慌てて「はい」と答えたのだった。

この運命を誰か止めてくれ・・・



パシャンッと水音が響いた、湯気が白く広がっている。

「良い心地だ」

檜の湯船の中で常世は機嫌良く笑う、花街では人目を気にして入れなかったのだ。
と、「常世様、お背中お流しいたします」と蛟の声が聞こえた。

いつもは任せているが、今回は不味い。

なにせ体中に鯉伴が付けた所有印が刻まれてる。
これ見たら何言われるかわかったもんじゃねぇ・・・

「必要ねぇよ、下がれ」

そう言った瞬間にガラッと戸が開いた。

入って来たのは言わずもがな蛟で。
普段こんな無作法はしないので、常世は誰にでも間違いはあると気にしなかった。

「聞こえなかったか・・・下がれと言ったんだ」

だが蛟は暗い瞳を主に向けた。

「いえ、消毒しなくては・・・江戸の妖の。」

漆黒の瞳が驚きで見開かれた瞬間・・・・・

「水よ、捕らえよ」

バシャアアアアァァッッ!!!

「つっ!!!」

湯船の湯が常世に絡みついた。だがそれに動じるような常世ではない。
その漆黒の瞳を蛟に投げる。

「ふざけてんじゃねぇ」

ザワリッと殺気が溢れた、それだけで恐怖と悪寒がするのを蛟は止められない。
圧倒的な力の差がある・・・けれど、引けない。引きたくない。
この人が欲しい。

「消毒するだけです、ぬらりひょんに抱かれた消毒を・・・」

「つっ!」

途端に動揺し、隙を作った真貴との間合いを詰めると、
湯船に手をついて蛟は水に拘束され動けない常世の首に噛み付いた。
プツッと皮膚を裂き、竜族の牙に含まれる毒を流し込む。

「てめぇ!!」

それは妖には麻痺毒・・・そして媚薬にもなりえる。
神に通じる蛟が使える妖に有効な毒・・・

「抗い難いでしょう?私に身を委ねてください、常世様。」

そのまま蛟は拘束している常世に口付けを落とした。


水にすむは五百年で蛟となり、蛟は千年で龍となり、龍は五百年で角龍、千年で応龍となる

蛟は水魔ではなかったが、人の偏見と間違った崇め方により魔に堕ちた・・・
数十年前、蛟は魔に堕ち、死ぬのを待つほどまでに衰弱していた・・・・・
けれど・・・

『おい、てめぇ行くとこあんのかよ?』

その時、手を指し伸ばしたのが鵺・常世だった・・・

艶然と笑う。
月明かりの下で百鬼夜行を従えた彼。
一目で惚れた、男が男に惚れる瞬間があるのだと知った。

だから私は貴方を手に入れる・・・




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