最後の約束

これは奇蹟のような出会い・・・

夜が明けてゆく・・・
朝日が・・・花街を照らす・・・
ほそい雲がうっすらと、遠い山並みに流れていく・・・

彼は銀細工の煙管をふかせて、その漆黒の瞳を細めた。
着流しを引っ掛けただけの、しどけた格好で・・・花街の朱塗りの欄干にもたれて外を見詰めている。

「春の夜の夢の浮橋とだえして 峯にわかるる よこぐもの空」

春の夜の夢のなかばで目覚めると、明方の空には横にたなびいていた雲が峰から離れようとしている・・・

春の夜の夢のような・・・貴方との逢瀬の夢が覚めると、
明ける空には雲が遠く流れ、たなびいて・・・その雲のように離れゆく私たちであることよ。

ため息のように零された歌。
それに部屋でクスリッと笑みの音が聞こえた。

「なに言ってんだ、常世」

低い艶麗な声。
花街独特の朱の布団の中で艶然と笑う、彼。
ぬらりひょんが其処には居た。

腕を組んで、うつ伏せの己の顔をその腕に乗せ、
煙管をふかせながら欄干に凭れる常世を見詰めている。

「来い。そんなこと考えられねぇぐらい可愛がってやる」

そっと手を差し出す鯉伴。
だがそれに常世は「阿呆」と言って、しどけなく溜め息を一つ。

「どうした?」

その常世の姿に、鯉伴が尋ねると。

「もう行かねぇと不味い」

それにぬらりひょんは黙った、その言葉がわかっていたから・・・

京の百鬼夜行の総大将が一日帰らなかった・・・それぐらいが限度なのだ。
そして自分も・・・昨夜から江戸へ帰ってない。

総大将とはそういうことだ。
百の組と幾万の妖を従えるということ・・・自分に使える時間など殆どない・・・

だから鯉伴が常世へ差し伸ばした、この手は重ねられない・・・決して・・・重なることはない・・・
だからこそ焦がれる、欲する・・・そして深みに堕ちてゆく・・・

「なぁ・・・ぬらりひょん・・・また逢いてぇな・・・」

わかってる・・・互いに分かっている・・・けれど・・・

常世は笑った

本当は離れ難い
寂寥を感じる
ぬらりひょんの腕の中は心地良すぎる

けれど重荷になるなど真っ平御免で。

「また逢えるさ・・・常世」

そうやって、ぬらりひょんが笑うから・・・俺もわらえる・・・

また逢おう

その言葉が俺たちの交わした最初で最後の約束になった・・・




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