清水の舞台

そして常世と鯉伴は存分に喧嘩した後、二人だけで清水寺の屋根の上で酒を酌み交わしていた。
此処からは京を一望できる…夜の空気が二人の妖を包んで…遠くに人家の灯が見えた。

もちろん傘下に入る意図は無いので互いに手酌で酒の味を楽しむ。

「月が綺麗じゃねぇか」

空には御誂え向きな満月。
天満月を見上げて微笑む常世を、鯉伴は見詰めた。

出会ってから刃を交えたときから・・・ずっと常世に惹かれた・・・
その漆黒の瞳に自分が映るだけで血がざわめいて・・・その強さにも艶麗な佇まいにも・・・
微かに常世から薫る伽羅の香が、二人で酌み交わす、この情景に馴染んでいる・・・

嗚呼、たまらない。

その自身の想いに笑うと、ぬらりひょんは「常世は本当に嬉しそうだな」と微笑んだ。

包容力のある微笑。

その鯉伴の微笑に常世も魅せられる。
京都と江戸で隔てられた関係でも、敵方の総大将という関係もぬらりひょんを厭う理由にはならない。
いやむしろ離れているからこそ、側に居ないからこそ、偶に逢う時に相手の魅力を感じてしまう。

その端正な姿も、力強い妖力も、溶けるような低い声も…心地が良すぎる…艶のある闇を纏う者…

嗚呼、たまらない。

俺は身の内の熱を覚られないように言葉を紡いだ。

「てめぇは知ってるか?『清水の舞台から飛び降りる』という言葉を」

俺の誤魔化しの言葉に鯉伴はアッサリと乗って、「否」と答えた。

此処、清水寺の屋根の上から、丁度、その清水の舞台が見える。
俺は指差しながら言った。

「あそこの事だ。江戸には馴染みねぇだろうが、あの舞台から飛び降りるつもりでやれば何でも出来るって意味だそうだぜ」

その舞台は地上からかなりの高さがあるのにも関わらず、せり出したような造りになっており、
先には漆黒の闇がパッカリと口を開いている。

その高さは確かに人の子には恐れを抱かせるものだった…

言うや否や、常世は屋根から身軽にストンッと其処へ降り立つ。
ぬらりひょんも続いた。

舞台に降りた、鯉伴の鼻孔を甘い伽羅の香が薫った・・・
それは常世からのもの…風下に降り立ったようで先程より強く・・・舞台を吹く風に煽られて薫る・・・

「一刺し舞おうか」

京の妖を統べる者・・・その治める地の風雅さ故か、常世も舞も嗜む。
常世は懐から紅の扇を出すと、漆黒の袖を翻し舞い始めた…

ひらりと扇が闇夜に翻る。

典雅な佇まい…漆黒の髪…漆黒の瞳…満月すら引き連れて舞を舞う…
畏れさえ感じるほどの妖力…

そして…その心…

鯉伴は知らず溜息をついていた。

伽羅が甘く薫る・・・

欲しい

こいつが欲しい

「おい、どうした?」

ぬらりひょんの溜息を聞いた常世は舞を止めて、鯉伴を気遣わしげに見ていた。

満月を背景に佇む優美な姿…
その漆黒の瞳に吸い込まれそうな錯覚…
その漆黒の瞳の瞳孔は金色を帯びている、金環食だ。
漆黒の瞳に浮かぶ月食の金の環が妖しい程に美しい。

「俺はてめぇが欲しい。オマエの何もかも・・・心も体も欲しくてしかたがねぇ」

思わず、想いが鯉伴の口をついて出た。
その真剣な姿に常世も徐々に理解して、頬を染める。

「っ馬鹿野郎!俺は誰のもんにもなんねぇよ!!」

その羞恥に染まった常世の姿に、鯉伴の気持ちも高ぶる。
引けなかった…出会ってから数十年の年月が経っていた…もう待つことなど御免だ。

「欲しい。俺のもんになっちまえ」

言った瞬間、袖を引き寄せ、腰を抱いて口付ける。
二人の視線が間近で交錯した…

驚きの漆黒の瞳に、真剣な漆黒の瞳…互いの黒が交ざる。

月が照らす清水に水音が響いて・・・

「つっ・・・んっ・・・・」

鯉伴の舌に容赦なく犯される。
歯列をなぞられて、逃げようとしても絡められ、息すらつけない程・・・・・

ピチャッ、クチュッ

「あっ・・・んっ・・・」

こんなのは自分の声じゃあない。
そう想っても快楽が体を蕩けさせて常世は止められなかった。

ずっと心の底から惚れていた・・・気付けば応えてしまっていた・・・

こいつなら良いと思った。

「つっ・・・鯉伴・・・場所変えるぞ・・・」

つい癖で可愛らしくない命令口調を使ってしまったのに、鯉伴は「ああ、お前は可愛いな」と艶然と笑うから。

常世の熱はまた上がった・・・




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