古椿

雪が舞い散る白い白銀の世界で見つけた。
白に埋もれ咲き誇る古椿…その朱色はどこまでも鮮やかで。
一目で"神"は気に入った。


『だれぞ』
その木の根元に佇む華神の、たおやかな姿にも。





突然、現れた神はことある毎に姿を見せるようになったー…
相手は気まぐれで嘘つき、周りを混乱に巻き込むことが好きと悪名が高い北欧の高名な神。

戯れと知っていた。
けれど自分の気持ちを抑えようとしても自由な彼の神に焦がれた。

これは恋情なのかと自身に問うても答えは出ない。
けれど本気になってはいけないとだけは分かっていた。
それなのに時間を見つけては神出鬼没におとなう彼の神の姿を…いつしか望む様になった。

ただ待つだけしか出来ない逢瀬でも彼の神が頻繁に訪れている間は良かった。
やがて訪れなくなるまで…ひと時のことだったけれど。

雪の中でただ、花を咲かせる古椿ー…
それが私という小さき存在。

***

解放者という人の子が羨ましい。
私が慕うあの方と肩を並べて話しているらしい。

『花の神って変だねー此処から離れられないなんてさ♪ハハハ!』

私は古椿の木精から神へ昇れたものの、神というにもおこがましい程の小さきもの。
移動しようにも本体である木の側から離れられない。
そんな私を彼の方は弱いと嗤った。
けれど弱いと嗤いながらも世界の姿を彼は私に話して聞かせてくれた。
私も出来うるなら世界を歩きたい…海という大きな水たまり、石が積み上げられた王の墓、どこまでも続く草原を、砂の丘を歩いてみたい。

そう言うと、今度は彼は様々なものを私にくれた…桜色の貝がら、不思議な指先からこぼれる砂、咲き誇る花。
世界の広さに驚く私に、彼の神は幼子をあやす様に髪を梳いてくれる。

『オレがアンタのこと気に入っちゃったからー…アンタに逃げて欲しいんだけどなぁ♪」

その言葉が嬉しくて堪らなかった。
自分の変化に戸惑うほどだった。
けれど…彼はそれっきり私の元におとなうことは無かった。

…気に入ったのなら、何故かの方はいらっしゃってくれないのか。

それは直ぐに知れた。

風のセピュロス様から聞いた…解放者と共に旅をしていらっしゃるそうだ。

雪が一年中降りつづけている、この静かな森の奥ー…私は一人ただ待つだけ。
椿の形を象った紅の着物が雪の中に血のように広がっている。
椿は散る様が不吉とされて、人には疎まれる花だ。
彼の神はその話を知ったのかもしれない。
そう考えてしまう、弱い自分が厭わしかった。

雪が深々と降り積もる。





やがて終わりは唐突に訪れた。
魔神が森の木々をなぎ倒し、獣を殺し、冬の森を蹂躙し始めた。
私のいる場所にも破壊の手は伸びてー…抗うすべなど無かった。

かよわい神力で壁を造っても魔神の一撃で破壊され私は雪原に投げ出された。
魔神の巨大な手が私の本体である椿に伸びる。
抗う術がないー…手を伸ばしても止められない。


バキイイイッッ


果たして樹がなぎ倒される鈍い音と共に駆け抜けた激痛と共に私は雪に倒れ伏した。
魔神がもう動けなくなった私に頓着せずに、去ってゆくのが気配で分かった。

ただ雪がしんしんと降り積もり、惨劇を覆い尽くしてゆく。
涙がなぜか溢れて、止まらなかった。

まだ伝えてない、彼の方に伝えてない。
いっとう大事な言の葉を。


貴方を慕っております、ロキ様ー…


気付くのが遅かったのだけれど。
けれど貴方がいっとう好きですー…。

そして儚い涙の一滴をのこして、華神は霞みのように消えた。



ロキは解放者に南の島に行きたいと頼んだ自分を少し後悔していた。
冒険を終えるのに大分時間がかかってしまった。

世界を見たことが無いという華神に色々見せようとロキは色んな物を集めていた…少し滑稽だ。
けれどそんな自分も嫌いではなかった。

久しぶりにおとなう冬の森はやはり寒いが、神であるロキには寒暖など関係ない。

通いなれた道をトリックスターブーツで進めば、直ぐに辺りの様相が変わっていることが分かった。
…木々がなぎ倒されている。
その痕跡は魔神のものだ…それは椿の木がある方向へ向かっている。
ロキはせわしなく動く心臓を、胸の上から掴んで、一息に駆け抜けた。

永遠のような長さで時を感じたー…

そしてロキが見たものは主を失くした、無残に折られた古椿の木だったー…
その木の下、一面に広がるのは咲き誇っていた椿の花。

急速に頭が冷えて、胸に広がる切ないような泣きそうな気持ち。

雪に埋もれるように散っていた花をロキは一つ手に取るー…

(雪が舞い散る白い白銀の世界で見つけた。
白に埋もれ咲き誇る古椿…その朱色はどこまでも鮮やかで。
一目で"オレ"は気に入った。)

壊すのも、失うのは簡単で、

「オレが壊せば良かった」

でももっともっと一緒に時間を過ごしてみたくなって、柄にもなく貢いだりした。

「ああそっか、オレほんとにアンタのこと気に入ってたんだぁ」

雪が降りしきるー…
その中でロキは、ここ最近は付けていなかった仮面を顔に被った。
嗤ったような仮面を被ってロキは少し俯く、雪にどこから落ちたのかポツリッと水滴が落ちた。

そして一瞬の後に、北欧のトリックスターの姿はその場から掻き消えたー…


空を駆け、海を渡り、風に乗るトリックスターブーツを使えば、
冬の森で蠢く魔神の姿をロキは簡単に見つけることが出来た。
雪が舞っていた、もう辺りは吹雪だー…

美しい森の景色の中で、鎖の鈍い光とフ、ェンリルの闇の中でもぎょろっと光る目玉が見えた。
魔神はロキに気付くと、その鋭い牙を光らせ大きな声で鳴いた。
どこか厭わしい人のような鳴き声を、ロキは笑いが刻まれた仮面の下で聞く。

彼の表情は仮面の下で押し隠されてうかがい知ることは出来ない。
だが神として解放され仮面を外して大分経ち、神としての力も満ちている姿からしたら。
どこか異様な姿であった。

「アハハハハ!」
ロキは嗤っていた、嗤って、フェンリルを切り裂いた。

フェンリルの巨体が雪に沈んだ。
雪の森はよりいっそう、静かになった。






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