神のわがまま

「お前は誰かと行動することになれていないだろうから、冒険に付き合わなくて良い」


そうロキがジークフリートに言われたのは、祝賀会が終わった翌朝のことだった。
彼女はまだ神殿の自室で眠っている。

正直、ロキは言われた瞬間、腑に落ちなかった。

ジークフリートといえば名剣バルムンクの使い手であり、竜の血を浴び不死の体を手に入れた「最強」と呼ばれる豪腕な戦士だが、冷血で有名なのだ。

そんな彼が執着するには、彼女はあまりに只人だった。

へぇ…と仮面の奥でロキは目を細める。
悪戯心が湧きあがる。
彼女とジークフリートとの関係に興味をそそられた。


はじまり何て些細な事なのかもしれない。


朝焼けが、朱と紺の鮮やかなコントラストを空に焼き付けていた。
窓から差し込んだ朝日が窓際に佇むジークフリートの端正な横顔を照らしている。
解放者である彼女がアルテミスに次いで四番目に解放した神。
だから、いち早く進化石で本来の力を取り戻したジークフリートの周りは神気が舞って淡い光を放っている。

魔神近い今の自分とは雲泥の差の、最強と言われる守護神を持ちながら何故、解放者たる彼女は自分に同行を求めたのか益々疑問だ。

疑問だが、そこをロキはつくことにした。

「それってさーアイツに聞いたの?」

途端に眉間に皺を寄せて押し黙るジークフリートにロキは嘲笑を返した。
人を騙せもしない、真面目さはロキには滑稽に映る。

「キャハハハ!それってアンタの願望だろ!オレについて来て欲しくないだけだろっ!カワイソ―♪守護神なのに魔神な俺にアイツ取られちゃってっ♪」

嗤える!とトリックスターブーツで宙に浮かんでロキは嘲った。
神でありながら裏でこうして動くジークフリートにも、
また彼にそうさせる彼女という人の子に興味が湧きあがった。

そんなロキの姿に、だがジークフリートは燃えるような鳶色の瞳を向けるだけに止めた。
魔神ではないのだから、このロキを手にかけることは許されない。

「俺はアイツとはこれからも長く付き合って行きたいと思っている。
明日も明後日もアイツに会って、共に過ごしたい。
だから…俺はアイツの守護神としてお前がアイツの側に居ることを許容出来はしない。」

「へぇ♪」

別にアンタの許可なんて欲しくないよーとはロキは言わなかった。

「守護神として今の言葉言ってるならさ♪
アンタが守護神を外されたら、アンタはアイツの側にいられなくなるね♪」

途端に冷気のような紛れもない殺気がロキを突き刺した。

「わーお♪怖いねぇ」

最強と謳われる剣士の殺気はロキには心地よかった…面白くて。

解放者である彼女は常時、八名の守護神と旅をしている。
その時々によって変わるが、このジークフリートだけは筆頭守護神として外れたことは無いと昨日の祝賀会でロキはトールから聞いていた。

その時は何とも思わなかったのに、今は湧き上がる気持ちをロキは抑えることは出来なかった。
コイツから筆頭守護神の座を奪って、解放者との信頼も壊したら…スゲー楽しくない?

ゾクゾクと体が震える。

「アハハハハ!アイツに興味がわいちゃった♪アンタから取ってやろー♪」

仮面の奥で耳障りな笑い声を響かせると、ジークフリートの瞳が怒りに燃えた。

「貴様はっ!彼女に消えない傷をつけておいてっ!
そんないい加減な気持ちで彼女の側にはべるなど許されるわけがないだろうっ!」

「ん?」

ロキはそこでジークフリートに向かって首をかしげた、どうも話の方向がずれてきた。

「とぼけるつもりか!?魔神の時に彼女の肩を焼いただろうがっ」

知っている、自分との戦いで解放した魔の力で生まれたロキの分神達は、彼女と何度も相対した。

…正直、愉悦をもって殺しかけたこともある。

「で?」

これはロキの純粋な疑問からの言葉だった。
ジークフリートの訝しげな瞳にロキは再度、問い直す。

「それで謝ってほしいの?謝ってなんか変わるの?起こった事って変わらないじゃん?
しかも神のオレじゃなくて、魔神のオレだよ、したのは。
アイツって魔神のオレと相対してたのに、神であるオレを解放したジャン、
それってさ、そういうの全部もう受け入れてるからオレを解放したんじゃないの?」

言葉にしてロキはストンッと何か、あの解放者の気持ちに触れた気がした。


『はじめまして、ロキ様』

手を差し伸べた。炎を纏った俺の手に畏れることなく。
それって結構スゴイことだった?

ただの人の子。
そうである筈なのに…

ついロキはジークフリートを前に黙ってしまって、
ジークフリートもロキに言われた言葉に、つい彼女を想って黙り込んでしまった。

沈黙が場に落ちた、その時ー…

「あの御二方…」

遠慮がちにかけられた言葉に神である二柱は視線を神殿の荘厳な扉に向けた。
そこには、彼女が佇んでいた。
足首まで隠れる白のワンピースは彼女によく似合っていた。

だがそれよりも先程の話を聞かれていた事実にジークフリートの瞳が見開かれる。
ロキも正直驚いていたが、ジークフリート程ではなかった。

そんな二人の心中も知らずに彼女は言葉を紡ぐ。

「ジークフリート様、すみません。
私が弱いばかりに、いつも守っていただいて心配をおかけして。」

いやそれは、ソイツの望むところだと思うよぉとロキは言わなかった。
ただ成り行きを宙に浮かんだまま見つめる。

彼女がそのままこちらへやって来て、ジークフリートの胸にそっと繊細な手つきで触れ、ジークフリートもその手をギュッと握り締める。
それにロキは胸がザワリッとざわついたが、原因が分からなかった。

「でもロキ様は神様です…魔神とは違う、私には分かります。
私はそれを証明するためにもロキ様と旅をしたいのです。」

凛と響く彼女の声は、人の子でありながら強い…神であるジークフリートが飲まれる程に。

「心配は分かります…それは私が貴方に頼りすぎて自立していなかったのも問題だったんです。」

ジークフリートの鳶色の瞳が驚愕に見開かれる。
彼女の繊細な唇が音を紡いだ。


「私の守護神を降りてください、ジークフリート様」


この日が分岐点だったのかもしれない。

魔神だった神様と、未熟な解放者。

他の神々に認めてもらうために…彼等は数か月の間、二人っきりで過ごした。

距離が近付くのに、理由などいらない。

ただ同じ時間を共有した、ただそれだけ、けれどそれは神と人にとってはかけがいの無い日々となるー…。


神々の黄昏、ラグナロクまでー…時が巡るー…




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